<33コツ目>クレームは熱湯がいっぱい入った鍋

賃貸管理業の実務について、様々なテーマを取り扱ってきましたが、今回はクレーム対応について、考えてみたいと思います。
「クレーム」と一言で言っても、どこまでの範囲をクレームとするのかは、いろいろとご意見があるかと思います。
今回のコラムでは狭い意味でのクレーム、すなわち相手方からの要求や要望、さらに感情を伴うものの対応について考えてみたいと思います。
新入社員に言ってきたこと
私が35年勤めたアミックス社には、毎年、数名ですが新入社員が入社します。その方たちの入社研修時に私が良く話していた事があります。彼らのほとんどは賃貸管理会社の主要業務の一つにクレーム対応があるということは承知の上で、この対応に不安を持っています。クレーム対応は、やはりこちら側の気持ちの持ち方が重要なので、新入社員には私自身の経験として、これに関わる話をしました。
新入社員に話した内容
私はアミックスに入社してから最初の7~8年はクレームに関わる部門に就いていました。一般にクレーム対応というと、あまり良いイメージが無いと思います。
ところが、好奇心が強い私はクレーム対応を面白いと感じました。なぜかというと、クレームは同じような事柄でも連絡をしてくる人によって、感情の起伏や時間の長短、何を望んでいるのか等がまったく異なります。さらにこういったご連絡を毎日たくさん頂けるからです。考えてみれば、当たり前ですが管理戸数が4000戸近く(当時の戸数)あれば、あなた方一人一人が10年に一度しか経験しないような事(4000戸弱÷365日≒10年)が、毎日凝縮されて起きるからです。クレームは多くの方から怒りを伴って、ご連絡を頂きます。
しかし、相手の方が連絡をしてくる先は会社であって、あなた個人に連絡してくる訳ではありません。そのように考えてもらえば、相手の方が怒りを持って話してきてもその怒りはあなたを通り越して会社に向かっていく事になります。あなた自身に蓄積しなくて良いのです。ただ、私はこの様々なクレームの経験をあえて蓄積しておいて、将来、自分が定年になったら、これをネタにして本を書こうと思いました。そうすれば、少しは稼げると(笑)
そう思ったあと、私は本当に特殊なクレームを中心にこっそりとネタを集めていました。そのため、様々なクレームの連絡があっても、通常レベルのクレームではネタにならないので、難易度の高いクレームを積極的に受けようとしていた時期もあったくらいです。このくらいの気持ちで受ければクレームも怖くないですよ。以上のような話を、新入社員には話しましたが、これには後日談があります。
実際に私は60歳を過ぎ、2022年8月にアミックス社の役員を退任しました。そして、これから何をしようかと考えていた時に、この事を思い出したのでした。私は、家の本棚から特殊クレームの記録を記録した2冊の分厚いファイルを開き、クレーム対応のマニュアル本を書こうと考えました。ところが、中身を見るとこれらのクレームはネタが古過ぎて、本にしても参考にならない事が分かったのです。
家賃滞納の話というネタも今では家賃保証会社があるので、賃貸管理会社は督促業務が減少し、あまり魅力的なネタではありません。今では携帯電話で簡単に出来る事でも当時は携帯電話が無かった(ポケベル等)ので、この時の対応方法は参考になりません。クレームで仲良くなった入居者から年賀状やお歳暮が来たりした話も、今の賃貸管理業界には通じないでしょう。
という事で、私の企み(たくらみ)は、失敗に終わったのでした。
クレームは熱くて重いもの
大きなクレームは、例えるなら大きな鍋にいっぱいに入った熱湯のようなものではないでしょうか。熱湯がいっぱいに入った鍋を持つと、熱いので長くは持っていられません。また、重さもあって長くは持っていられません。クレームで言えば、熱さは感情(怒り)で、重さは思い(要求や要望の重さ)ではないかと思います。例を挙げると、暑い夏の日に、借りている部屋のエアコンが故障して眠れないと言うような入居者がいたとします。入居者が賃貸管理会社に最初に伝えたい事は、修理を依頼する事ではなく自分が暑いんだと言う気持ちを相手に分かってほしいと言う事ではないでしょうか?賃貸管理会社の担当者がこれを理解せずに、単にエアコンの修理だけと考え、必要な要件だけお聞きしてしまうから、クレームがさらに大きくなるのだと思います。つまり、熱湯が入った鍋を熱いまま受け取ってしまい、やけどをしてしまうのではないかと思います。
逆に言えば、入居者が暑いと言う気持ちをまずしっかりと受け取った時点で、そのクレームの大部分は解決しているのだと思います。クレーム対応は入居者から熱い鍋をある程度冷ました上で鍋を受け取る(要求・要望に対応する)事なのだと思います。一方で、賃貸管理会社の顧客サービス(いわゆるクレーム対応)部門の社員は、よく精神的にきつくなると言われます。彼らへの対策も同様で、大変なクレームを受けたばかりの社員の話を良く聞く事で、この社員のストレスが軽減されると思います。つまり、大きなクレームを受け取った社員はまだ熱く重い鍋を持ったままですから、この社員の鍋に入っているお湯の熱を少しでも冷ます事で、その社員は精神的に楽になるのではないかと思います。さらに熱湯も時間が経てば徐々に冷めてくるのと同様にストレスのレベルも時間が経てば、下がるのだと思います。
クレーム対応のテクニック
上記の事を参考に、以前、クレーム対応のテクニックとして対応方法を整理した事があるので、鍋に例えてご紹介します。
100℃の熱湯が入った鍋
100℃ですから、沸騰しています。熱すぎてこのまま鍋を受け取る訳にはいけません。少し冷ます事が必要です。一番熱い(温度の高い)クレームが入った場合の対応は、ほとんど一方的に相手の方からお話されるだけですから、こちらは聞く一方になります。ただ、頭でうなずくだけでは、「聞いているのか!」と怒られるだけですから、こちらは話の内容に応じて「はい。」と言う相槌を打ちます。この「はい。」を繰り返す事で相手からこちらが「一応聞いてくれている。」と思ってもらえます。
80℃の熱湯が入った鍋
上記の対応で80℃までお湯の温度が下がりました。これ以上は「はい。」を繰り返しても冷めません。この段階で相手の言葉に対して、その言葉を繰り返すようにします。例えば、エアコンの故障の場合、入居者から「部屋にいると暑い。」と言われるとします。これに対して「部屋にいると暑いのですね。」と答えます。「3日前からなのですよ。」と言われれば、「3日前からなのですね。」と答えます。もちろん、気持ちを込めて答えなければなりません。ポイントとしては、相手の話よりも、少しゆっくりと、また、少しだけ小さな声で答えると良いと思います。その事によって、徐々に相手の方が落ち着いて、こちらの話を聞く体制が出来てくるかと思います。相手の言葉を繰り返す事で、こちら側が「良く聞いてくれている。」と感じ、対応が一段階アップします。
60℃の熱湯が入った鍋
上記の対応でさらに温度が下がってきました。それでも風呂のお湯より熱いので、まだ鍋を受け取れません。この段階で、相手の言葉に対して、こちらは言葉を換えて答えるように切り替えます。これもエアコンの故障の例で言えば、入居者から「エアコンが故障している。」と言われれば、こちらは「それは熱いですね。」となり、「昨日から部
屋全体の水道が止まっている。」と言われれば、「それはおトイレが使用できず大変ですね。」と言う具合です。これを繰り返す事で、相手から、こちらが「理解してくれている。」と思われ、さらに温度が下がってきます。
40℃の熱湯が入った鍋
このくらいの温度になると受け取る事も可能になってきますが、もう少し下げる事が出来ればさらに鍋を受け取りやすくなります。この段階になってくると、さらに温度を下げようとすれば、一工夫が必要になります。多少リスクはありますが、こちらの担当者のキャラクターを活かします。エアコン故障の例で言えば、「エアコンが故障して部屋が暑い。」と言われたら、「私も数年前、自宅のエアコンが故障して大変でした。」と言う経験や、場合によっては、エアコンの故障と全く異なる話をしたりします。これらによって、相手からこちらに対して一定の信頼感が生じます。以上のように、熱湯の入った鍋をそのまま受け取るのではなく、ある程度冷ましてから受け取った方が、相手側の納得感も高まるのではないかと思います。
さらにクレーム対応のスピードも重要です。お湯の入った重い鍋を長く持ち続ける事は出来ません。鍋が重ければ重いほど、可能な限り早く受け取る事も重要です。熱湯がいっぱい入った大きな鍋は、出来るだけ冷ましてから、可能な限り早く受け取る事がポイントとなります。
まとめ
今回はクレーム対応について、考えてきました。クレームの内容は年々複雑化しています。インターネットの普及により、様々な情報が簡単に入るようになり、お客様も多様化しており、また、以前より気持ちの余裕が無くなったような気もします。その分、対応の難易度も上がっていると思います。逆に言えば、個人の大家さんでは対応も難しくなり、賃貸管理会社の腕の見せ所は今後も増えていくのではないでしょうか?