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取材記事Interview

【専門家インタビュー】市川 紘様|アメリカの不動産テック事情からみる、日本の不動産業界のゆくえ

市川 紘 氏

近年、不動産業界に大きな変革をもたらしている「不動産テック」。
今回は、“不動産テック先進国”であるアメリカの現状や課題について、アメリカの不動産テック最前線で活躍されている「市川 紘」様にお話をお聞きしました。

目次

    日本の不動産業界から、アメリカへ

    Q.市川様のご経歴をお聞かせください。

    私は現在、アメリカ シリコンバレーにある不動産テック企業「Movoto」でCFOを務めています。「Movoto」は、全米4位の不動産ポータル会社。一部エリアでは仲介会社も持っていますが、メイン事業は中古売買物件を対象としたポータルサイト(物件情報サイト)です。

    渡米したのは、2016年。それまでは「リクルート」に勤め、「SUUMO」の営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当していました。

    なお、仕事とは別に個人ブログで、アメリカの不動産テック関連のニュース等を日本に向けて発信しています。これは、最前線の現場に身を置かせてもらっている私の役割かなと思っています。また、アメリカの不動産テックの全体像が分かるよう「米国不動産テック カオスマップ」も作成しました。

    昨今のアメリカの不動産業界について

    Q.昨今のアメリカの不動産業界について教えてください。

    不動産市場全体の動向でいうと、2020年は前年・前々年と大体同じくらいの成約数・市場規模に踏みとどまりました。3月~6月はコロナによるロックダウンの影響で市場が落ち込んだものの、7月には持ち直し、それ以降は前年比+20%程度の成約数で巻き返していったのです。

    この巻き返しは、コロナの影響で住宅ローンが空前の低金利となり、購入需要が高まったため。また、住宅購入のメインターゲットである、いわゆるホワイトカラーの方達への悪影響が少なかった点も理由のひとつです。この勢いは今も続いており、「2021年は好調な市場になるのでは」と予想されています

    日本の不動産業界との違い

    Q.日本との違いはいかがでしょうか。

    まず不動産市場の構造から大きく異なるのですが、最も大きな違いは「一生における住宅購入回数」ですかね。日本は平均1.8回であるのに対し、アメリカは平均2.8回。4~5回ほど買い替える人もいるほど、中古住宅の取引が盛んです。実はこれが、仲介営業(エージェント)の働き方の違いにも繋がってきます。

    日本のユーザーは住宅売買の経験が乏しいため不動産仲介を「会社のブランド力・知名度」で選びますが、アメリカの場合は自分も周囲も売買を繰り返しているので「リピートや紹介などの“人”重視」で選びます。

    つまり日本では「仲介会社」が、アメリカでは「各エージェント」が顧客を抱えている構造です。 そのため、日本の仲介営業は仲介会社に就職して固定給で働くのに対し、アメリカのエージェントは仲介会社に所属はするものの個人事業主として“完全成果型”で働き、所属先も頻繁に変えます。

    Q.ライフワークバランスも変わってきそうです。

    アメリカのエージェントは成果を出さなければ収入ゼロで、かつ従業員ではなく個人事業主扱いなので、定時などは関係なくずっと働いているのが実情です。

    アメリカのエージェントにとって、時間は資源そのもの。そのぶん、業務効率化への意欲は必然的に日本よりも高くなると思います。不動産テックにしても、「労働時間を短くするため」ではなく「成約数=収入を増やすため」に取り入れる方が大半です。

    Q.日米の違いで言うと、不動産情報の量もよく挙げられますよね。

    不動産情報は、アメリカのほうがオープンであるのは確かです。だからこそ、情報を活用した新たな事業やスタートアップ企業が生まれやすいと言えます。 この情報量の差には、日本では売主・買主双方の仲介を行う “両手仲介”が可能ですが、アメリカだと禁止されていることが影響しています。 引用元:REX$45Mなど4社が続々と資金調達。スタートアップ仲介会社が狙う「脱MLS」とは | by 市川 紘(Ko Ichikawa) | Medium

    日本だと、売主側の仲介は双方から手数料を得るために「情報を囲い込んで自力で買主を見つけよう」となりがちです。対してアメリカでは、そもそも片方からしか手数料は貰えないので、物件をより早く・高く売るために情報を広く拡散させます。このような背景から、アメリカの「MLS(アメリカ版レインズ)」は、物件情報の充実度や網羅性が非常に高いのです。

    アメリカの不動産業界の課題

    Q.情報の不透明性は、日本の不動産業界の課題ですね。アメリカの課題はいかがでしょうか?

    実は、両手仲介ができないことがアメリカの課題に繋がってきます。十分な利益を得られず、経営難に陥る仲介会社が増えているのです。

    アメリカでは今、平均3%ほどの仲介手数料しか得られません。にもかかわらず、オフィスの賃料やサポート人件費など、コストは膨大です。加えて、仲介手数料のうち仲介会社に入るマージンも下がり続けています。これは、インターネットの普及により仲介会社がエージェントに提供できるサービスの価値が低下したためです。 引用元:IPO目前!バーチャル仲介会社Fathomを徹底解説. アメリカの不動産テックが物件ポータルの争いからiBuyerや次世代の仲介会社へシ… | by 市川 紘(Ko Ichikawa) | Medium

    皮肉な話ですが、アメリカで日本の両手仲介の話をすると羨ましがられますし、ユーザーではなく業者側の立場から見ると「進んでいるね」とも言われますよ。

    アメリカの不動産テック業界について

    Q.続いて、アメリカの不動産テック業界についてお聞かせください。

    アメリカの不動産テック業界の傾向でいうと、どの領域も

    • 商品やサービスを提供する「実業」の会社が増える
    • ユーザーが実業の会社を選ぶための「マーケットプレイス(ポータルサイト)」が誕生する
    • マーケットプレイス市場の競争が激化し、やがて飽和する
    • 差別化を図るために、より新しく破壊的なビジネスモデルで実業に立ち返る会社が増えてくる

    という流れで進化しています。 引用元:【最新版】アメリカ不動産テック カオスマップ. 世界の不動産市場は約2京4000兆円という天文学的な巨大マーケットである一方で、… | by 市川 紘(Ko Ichikawa) | Medium

    “仲介”領域で例を挙げると、まず「KELLER WILLIAMS」や「REMAX」などの仲介会社が増えた結果、仲介会社やエージェントとのマッチングの場として「Zillow」などのマーケットプレイスが誕生しました。そして、これらのマーケットプレイスが激しいシェア争いを繰り広げて市場が飽和すると、今度は“次世代型の仲介会社”として実業に参入するスタートアップが増えてきたのです。

    “住宅ローン”もそうですね。住宅ローン会社が増えた結果マーケットプレイスが次々に誕生しましたが、現在はオンラインを活用した“無店舗型”の住宅ローン会社が出始めています。

    Q. “次世代型の仲介会社”とは?

    例えば、「ディスカウント型」や「バーチャル型」などがあります。

    「ディスカウント型」は、RedfinやREXなど仲介手数料を1%程下げたり、パーセンテージではなく固定料金で安く設定したりしているのが特徴。これらの値下げは、エージェントの業務をテクノロジーで効率化することにより実現しています。

    一方で「バーチャル型」は、オフィスを持たず、必要なサポートを全てオンラインで提供しているのが特徴です。固定費削減で浮いたコストをエージェントに還元することにより、エージェントの数を確保しています。この形態の有名どころが「eXp」。この会社は、時代に先駆けて“仮想空間”でのサポートを売りにしていたため、コロナの影響により株価が20倍にも伸びたのですよ。

    アメリカの不動産テックにおける注目分野

    Q.市川様が特に注目している領域はありますか?

    引用元:【最新版】アメリカ不動産テック カオスマップ. 世界の不動産市場は約2京4000兆円という天文学的な巨大マーケットである一方で、… | by 市川 紘(Ko Ichikawa) | Medium 

    「カオスマップ」の中でいうと、まず弊社「Movoto」も含まれる「仲介物件(住宅売買)のマーケットプレイス」に注目しています。この領域は、2015年に「Zillow」と「Trulia」、日本でいう「SUUMO」と「HOME’s」のような2大ポータルサイトが合併し、「ここからはZillowの一人勝ちだろう」と予想されていました。

    しかし、そこから5年を経て今また新たな波が来ています。その一つが、商業物件のNo.1プラットフォーム「CoStar」が、この領域に参入してきたこと。「CoStar」は時価総額でいうと「Zillow」に匹敵するため、市場の勢力図が大きく変わるのでは、とまるで黒船襲来のような騒ぎになっています。

    Q.「iBuyer」の領域も、大きな注目を集めていましたよね。

    そうですね。iBuyerは、一言でいうと「次世代型の買取再販業」。AIによる価格査定アルゴリズムを用いて物件を自社で買い取り、その後転売する事業です。物件の売り手からすると、今まで半年ほど要していた面倒な売却活動を、iBuyerの利用により最短2日程度で完了できます。

    これまで“売り手”側の市場はオンライン化が遅れていた背景もあり、このビジネスは急速な広がりを見せて一大産業となりました。 引用元:今、米国の不動産テックで一番ホットな「iBuyer」とは(前編). はじめまして。ブログ投稿第一号ということで、本題に入る前に簡単に自己紹介をさせて… | by 市川 紘(Ko Ichikawa) | Medium

    iBuyerは、まさに今「実業」が盛り上がっているフェーズ。昨年末に時価総額1.6兆円で上場を果たしたスタートアップ「Opendoor」を始め、「Offerpad」「Zillow」など多くのテック企業がシェア争いをしています。そしてセオリー通り、iBuyerのマーケットプレイスも生まれ始めています。

    アメリカのほうが中古住宅の市場規模が大きく価格も安定しているので、「いったん在庫にする」というリスクを取りやすいという側面はありますが、日本でもiBuyer事業は成立するとは思います。実際に日本でもiBuyerを展開する企業が一社出てきています。

    Q.その他、注目している領域はありますか?

    弊社が今新たに取り組んでいる領域でも、未来を見据えた新しい兆しがあります。 それは、「ポータルサイトから物件情報を問い合わせてきたユーザーに対し、AIを活用して“成約”までサポートする」というもの。

    弊社の場合は、AIに加えてコールセンター・エージェントと計3つのサポート体制を用意します。end to endのユーザー体験を提供するビジネスモデルですね。 現在AIは価格査定などの数字面で使われるケースが大半であり、顧客とのコミュニケーションにおいてはまだこれから。弊社は最近、この「コミュニケーションへのAI活用」にアメリカで最も注力している企業へのグループ入りを果たしたので、お互いの強みを活かして仕掛けていこうと考えています。

    日本の不動産テックについて

    Q.続いて、日本の不動産・不動産テック業界に対する感想をお聞かせください。

    よく言われるように、アメリカの不動産業界のほうがデジタル化は進んでおり、ユーザーの利便性が高いのは事実です。しかし、最近は日本でも不動産テックのスタートアップが増えていますし、大手不動産会社もテック関連の新規事業やDXに力を入れ始めています。

    さらに、行政も規制緩和を進めている。進化の兆しが出ていますよね。 また、日本はまだ白地が大きいぶんあらゆる可能性が広がっています

    アメリカでは、スタートアップが単独で破壊的イノベーションを起こす傾向にあります。しかし日本なら、スタートアップ・大手企業・政府の三者が、うまく連携を図りながら一緒にイノベーションを起こせるはずです。このスタイルは日本ならではの強みになると思いますし、一度歯車がかみ合えば大きな成果に繋がるのではないでしょうか。 日本の不動産テックについて

    Q.日本だと、どんな分野が伸びそうですか?

     最も受け入れられやすいのは、やはり業務支援系のサービスだと思います。 日本では当面、賃貸・売買ともに仲介物件数は横ばい、もしくは増えていくはずです。しかしその一方で、就業人口は減り採用もますます厳しくなってくるので、何らかのシステムを入れて生産性を上げなければなりません。

    切迫感が大きいぶん、生産性を高めるためのシステムが生まれる土壌は、アメリカよりも整っているように感じます。

    日米の不動産テックの課題とは

    Q.日米における不動産テックの課題を教えてください。

    まず前提として、全ての会社がどの場面にも必ずテクノロジーを取り入れなければならない、というわけではありません。ただ、「必要に応じて柔軟に取り入れる」ことは非常に大切であり、ここが共通の課題になってくるのではないでしょうか。

    例えば、ユーザー満足度に関わる業務の場合。 日米問わず“従来の業務プロセス”にこだわってしまう方は多いと思いますが、ユーザーは便利さを求めて日々進化するものです。例えば「紙ではなくオンラインで手続きしたい」などですね。このようなユーザーの進化スピードにはしっかりとついていかないと、会社ごと取り残されてしまいます。実際にアメリカでは、手続きがオンライン化されていない仲介会社を敬遠するユーザーが増えてきています。日米の不動産テックの課題とはまた、生産性に関わる業務もそう。この場合は、まだ余力があるうちに、いち早くシステムを入れて業務プロセスを切り替えることが重要です。人手不足が深刻化して、仕事が回らなくなってから切り替えるのは不可能に近い。切り替え自体に、時間も労力もかかりますから。

    なお、10年程前にアメリカへ不動産テックの波が押し寄せた際、テックを素早く取り入れた会社・取り入れなかった会社に二分されました。そして現在、当時すぐに取り入れた会社は大きく業績を伸ばし、取り入れなかった会社は相当苦しんでいます。 不動産テックが100%正義であるとは言いませんが、時流を見極めることの必要性を痛感しますね。

    “快適な住み替え”の実現を目指して

    Q.最後に、今後の不動産テックに期待することを教えてください。

    不動産テックは“目的”ではなく、一つの“手段”。大切なのは、不動産テックを活用してユーザー体験を高めることだと私は考えています。

    現在、ユーザーにとって住宅売買・賃貸のハードルは高い。住み替えにあたり不満やストレスに感じる部分を、誰しもが持っています。特に日本はそう。“生活の変化に合わせて家を変える”アメリカと異なり、“家に生活を合わせる”ケースが多いですよね。例えば、家族が増えて家が手狭になっても、気軽に住み替えるというよりは我慢して住み続ける方が大半です。

    そこで、テクノロジーの力でこのハードルを下げ、より気軽にスムーズに住み替えられるようにする。これが、一番のゴールなのかなと。

    スムーズな住み替えの実現は、もちろん住宅市場規模の拡大にも繋がります。ユーザーのプラスは、結果的に経済にとっても大きなプラスになるのです。ここを目指し、企業と政府とが手を取り合って業界を進化させていければ良いですよね。

    まとめ

    一足早く不動産テックが浸透したアメリカの現状を学ぶことで、日本の不動産業界が進むべき道も見えてきます。ぜひアメリカの不動産テックにもアンテナを張り、自社の発展に活かしてみてはいかがでしょうか。

    本記事取材のインタビュイー様

    市川 紘氏
    リクルートに入社後、SUUMOにて営業・プロダクト・経営企画マネージャー・新規事業開発部長として従事。現在は、米国の不動産テック企業MovotoにてCFOとしてシリコンバレーを拠点に活動。 不動産テックの最前線であるアメリカの最新動向を自身のブログにて執筆するかたわら、さまざまな講演活動を通じて不動産テックの普及に取り組んでいる。

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