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【専門家インタビュー】石河 博史様|管理業務の可視化と人材育成で業界の底上げを。 日管協が取り組む「賃貸住宅管理業」のブランディング戦略。

この度、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会(以下、「日管協」)の本部事務局長である石河博史様にインタビューする機会を得ました。業界の課題や未来のビジョンについて、豊富な経験と深い洞察に基づいたお話をうかがいました。石河様は日管協設立当初から携わり、30年にわたって業界の発展に貢献されてきました。現在2,600社を超える会員を擁する日管協は約50名のスタッフで運営され、石河様は2020年に本部事務局長に就任されています。

目次

    賃貸住宅管理業の確立と発展 〜業界団体設立の背景とビジョン〜

    日本賃貸住宅管理協会はどのような目的で設立されたのでしょうか?

    設立当時は、そもそも賃貸借契約や管理の概念もまだ確立しておらず、原状回復のトラブルが非常に多い時代でした。仲介と管理の区別もついていない状況で、当時は売買の契約書を賃貸に流用するような状況でした。そんな時代に、賃貸というものをきちんと整備していこうと思って作ったのが私たちの団体です。

    当時はバブル崩壊後の「就職氷河期」と呼ばれる景気低迷期で、不動産市場も大きく後退していました。そんな中で賃貸住宅管理の重要性が改めて認識されるようになりましたが、法整備の面では最も遅れていました。2020年6月まで直接的に規制する法律が存在せず、宅地建物取引業法の範疇で、あくまで仲介業務に付随する業務という位置づけに留まっていたのです。

    賃貸住宅管理を行う事業者が増加し、家賃滞納、原状回復費用のトラブル、サブリース契約を巡る問題など多くの課題が出てきたため、消費者からの信頼を得るための苦情処理体制の整備や情報公開を行うため、協会を設立したという背景があります。

    事務局長として賃貸住宅管理業界をより良くするために、どのようなビジョンを持っていますか?

    世の中での賃貸管理業という認知を上げていくことに尽きると考えています。

    よく世の中では人手不足と言われますが、そもそもこの業界で働いてくれる人が少ない。例えば大学を卒業して、賃貸住宅管理業で働きたいという学生はほとんどいません。それは、そもそもこの「賃貸住宅管理業」という業界自体が知られていないからです。「賃貸住宅管理業」という言葉を聞いたことがなければ就職先に選ぼうともしません。私は管理会社の人手不足の解決には、まずは管理業の認知を広めていく必要があると考えています。

    また別の側面では、賃貸管理業界の人手不足の解消には「賃金を上げる」ということが大きな解決策であると考えます。

    不動産業の中で賃貸管理業というのは、地味で範囲が広いのですが、コツコツ仕事ができる仕事が好きな人は世の中にいるはずです。実際に働く人も安定を望む人は多くいるので、そういう人たちに刺さるようなPRをしていくのがいいと思っています。

    少し前までは、退職しても不動産業界内で転職される方が多かったのですが、今は賃金が高い他の業界に出てしまい、不動産業界に戻ってこない人が増えました。人材の流出を防ぐには、賃貸管理業界内の賃金を上げていくということが必要だと感じています。

    賃貸管理会社の経営者も、二代目が増えていて、昔の叩き上げみたいな人でないタイプの方も増えてきました。二代目の方々の多くは、いい大学を出て、海外留学したり、IT企業への就職を経てきたりするような優秀な方も多く、そういう意味では業界も変わってきているのではないかと思います。

    87のメソッドからメンテナンス主任者まで。価値の可視化と専門性向上への挑戦

    賃貸住宅が抱える課題などはございますか?またそれらの課題を解決するためには、業界全体で取り組むべきことなどはございますか?

    やはり日本の人口動態が大きな課題です。具体的には3つの主要な課題があります。

    まず、家主が高齢化しているということ。次に入居者の面では、高齢の入居者をどうやって受け入れるかという問題。そして地域性によりますが、空室が増えるという問題、とくに市況の悪い地域では深刻です。

    ただ、私たちの業界で最も注意すべきは管理報酬の低下です。以前は5%だった管理報酬が、今は3%から2%にまで下がってしまっています。ファンド物件などではとくにその傾向が強く、業界としては相当なダメージを受けています。

    管理報酬低下の原因は、自由競争が一番大きいと思います。そもそも報酬規定がある業界は宅建業界と医療介護業界しかありません。弁護士や司法書士など士業については、かつては報酬規程が存在していましたが、今は自由化されています。

    仲介業では報酬規定の撤廃が提案されると、必ず「ダンピングになるからやめよう」という声が上がります。本来は逆なのですが、保守的な側面がある業界なので、自由競争には慣れていないのかもしれません。自分たちの仕事の価値が高いということを示すのが、上手くできていないのだと思います。

    例えば、A社に頼むと掃除をしてくれるけど、B社に頼むとやってくれない。それでも同じ「管理」という名目で、3%、5%の報酬を請求する。業務内容と価値が紐づいていないのです。

    日管協として課題解決のために取り組まれていることをお聞かせください。

    2020年6月に賃貸住宅管理業法ができて、法律で定められた業務は14項目ほどあります。これをベースに、当協会では「賃貸住宅管理業務 87のメソッド」というものを作成しました。これは、管理会社が行う業務を法律で定められている業務以外に、日管協が定める標準的な業務内容と、推奨する業務に細分化した87項目のチェックリストです。

    日管協標準版 賃貸住宅管理業務87項目

    このツールを使うことで、自社の管理業務を言語化して、家主にちゃんと伝えることができます。たとえば、同じ5%の管理報酬でも、管理会社によって内容が違います。管理報酬と管理実務の価値が紐付いていないという問題があり、自社で行っている業務を家主に対して上手に伝えられない管理会社が多いのです。

    協会でこういった管理業務の内容を一覧で確認できるようにすることで、どの管理会社も自社の管理業務の内容を家主に対して明確に伝えることができるようになります。これは管理報酬の適正化にもつながると考えています。

    また、日管協が最も力を入れているのは「賃貸住宅管理業界」の認知度を上げることです。賃貸管理業界を良くするために、人手不足を解消し、賃金を上げていくための情報提供や、仕組みや制度を作っていくことに注力しています。

    ▲YouTubeチャンネル「みんなの賃貸管理ちゃんねる

    具体的な取り組みとして、YouTubeチャンネルを通じた情報発信に力を入れています。例えば学生に向けて「管理業はこういうものだよ」ということがわかるような動画を作っています。毎週新しいコンテンツをアップロードしており、管理業のブランディング化に取り組んでいます。

    『賃貸住宅管理業』シリーズを5本制作し、管理会社がインターンシップや学生向けの説明会で活用できるようにしています。再生数は2,000回以上と、業界の規模を考えると比較的好評をいただいています。

    賃貸住宅管理業界全体の発展のために、協会が今後どのような支援をしていくべきだとお考えですか?

    2023年11月に新たな認定資格として「賃貸住宅メンテナンス主任者」を創設したことは、まさに業界支援の一環です。

    賃貸住宅メンテナンス主任者

    管理報酬が低下している状況の中で、賃貸管理会社に求められている管理は、ソフト面の管理、つまり入居者対応やクレーム対応が中心です。建物や設備のメンテナンスというハード面の対応も不可欠なのですが、賃貸住宅管理会社の従業員はこの部分に詳しくない方も多いです。

    この分野の知識を向上させることで管理報酬をもっと上げられるのではないかと考えています。実際、不動産会社の中には、従来なら外注するような浄化槽の管理や消防設備点検などを内製化することによって、実質的に管理料が10%になっているような事例もあります。

    管理報酬が上がれば自分たちの価値も高まりますので、この資格制度を広げていくことが重要だと考えています。この資格があることで、家主に対して管理受託の際に説明しやすくなりますし、納得感も得られやすくなります。

    例えば、水回りの問題で他社に外注するより、自社で対応して費用をいただく。そうすれば売上も上がりますし、メンテナンスや修繕に詳しいスタッフがいることで、家主からの信頼も高まり、受託率も向上します。

    現場から見える業界の声。オーナーと入居者それぞれの悩みとニーズ

    賃貸住宅のオーナー様からのご相談内容で一番多いものはなんでしょうか?

    日管協に直接入ってくるオーナー様からのご相談内容でいうと2024年4月から2025年3月までの1年間で約2,000件の相談を受けていますが、その中で最も多いのはサブリース契約に関する相談です。

    具体的には、オーナーからサブリース会社が解約に応じてくれないというもので、特に多いのが区分所有のマンションを投資用として購入したサラリーマンの方からです。サブリース付きで物件を購入した後、市況が良くなって売却を考えた時に、サブリースだと利回りが低く出てしまうため解約したいと思うのですが、サブリース会社が「解除しない」と言うケースがとても多いです。

    次に多いのは、投資家オーナーさんから「家賃をどうやったら上げられますか」という相談です。今は家賃を上げる時代になっていますので、この手の相談が増えています。日管協としては、入居者のこともありますので、「家賃は更新の時に適正な金額を上げてください」とアドバイスするしかありません。

    また、興味深いのはオーナーからの相談よりも、入居者からの相談の方が圧倒的に多いということです。相談件数全体の半分ぐらいが入居者からの相談で、例えば「家賃の値上げの連絡が来たけどどうしたらいいの」とか、「クーラーが壊れたので直してもらいたいけど、修理してもらえない」など、本来は管理会社に相談すべき内容が日管協に寄せられます。

    中には具体的に管理会社の名前を出して「○○という管理会社の対応がよくない」といった相談もあり、その場合には、内々にその管理会社に連絡することもあります。

    節税目的のオーナーさんも多いので、そういった方々にはこちらから積極的に情報を伝えることはあまりしていません。オーナーの属性によって対応を変えているというのが実情です。

    業務を通じて管理会社やオーナー様や入居者様へ伝えたいことはございますか?

    まず、相談を受ける中で見えてきたことですが、管理がきちんとしている物件には質の良い入居者が入居しているということです。入居者に対しては、物件選びの際は、単に家賃の安さや立地の良さだけでなく、どこが管理しているか、きちんと管理されている物件かということも選択基準にしてほしいと思います。

    家主に対しては、管理会社は賃貸経営のパートナーだという認識を持っていただきたいです。管理会社選びでは管理料の額だけでなく、「賃貸住宅管理業務 87のメソッド」を使って、どういう仕事をしてくれるのかや、先進的なテクノロジーを導入しているかも見てほしいと思います。

    管理会社には、入居者の住まい方やライフスタイルが多様化する中で、プロとしての管理がますます重要になっていると伝えたいです。あとは、入居者アプリなどITを活用している管理会社を選ぶのがいいと思います。

    学問としての不動産学確立へ。業界発展のための新たなチャレンジ

    今後5~10年の賃貸住宅市場の変化について、どのような予測をお持ちですか?

    不動産市場全体としては、緩やかに上昇していくだろうと思いますが、二極化が進むでしょう。高くなるものはさらに高くなり、安いものはさらに安くなっていく傾向が続くと思います。

    その地域の人口と発展性によるところが大きいです。たとえば福岡の物件を持っている人は「運がよかった」と言えますし、宮崎でも市内中心部であれば恵まれているでしょう。立地の価値は一生変わらないものだと思います。コロナ禍では地方移住が注目されましたが、結局は都心回帰の傾向が強いのが現実です。

    投資家視点のオーナーと、そうでないオーナーの二極化も進むでしょう。富裕層の資産家は、お金を出してでも百貨店の外商のようなフェイス・トゥ・フェイスのサービスを望む人が多い。一方で、物件の承継者となる二代目のオーナーは投資家的な視点を持っていることが多く、テクノロジーの活用にも積極的です。

    入居者の住まい方やライフプランも多様化しています。賃貸住宅に住む人は国民の3割程度いますが、とくに都心部ではその割合が高まっています。多様なニーズに応えるためには、プロの管理会社による質の高い管理が不可欠です。

    変化が激しい時代には、業界団体に所属して横のつながりを持ち、新しい情報や先進的な取り組み、DXに関する知識などを学び、常にアップデートしていく必要があります。そうしなければ、不動産業界の中で生き残るのは難しくなっていくでしょう。

    今後チャレンジしたい取り組みなどがあれば、お聞かせください。

    大学で賃貸住宅管理のカリキュラムができ、そこで学ぶ学生が増えるような時代を作りたいと思っています。アメリカでは経済学や金融学と並んで「不動産学」が学問として確立されていますが、日本では残念ながら不動産学をアカデミックに学べるようになっていません。若い人が不動産学を学ぶ機会がないのです。

    不動産学というと範囲が広すぎるので、賃貸住宅管理や賃貸住宅経営といった専門分野に特化した教育が必要です。NISAなど投資への関心が高まっている今の時代に非常にマッチしているので、こういった学問が確立されれば、若い人材が業界に入ってくるきっかけになると思います。

    また、すでに業界で働いている人のための、学び直しの機会も重要だと考えています。社会人が不動産投資分析やアパート経営のアカデミックな内容を学べる機会があれば、業界の底上げにつながると思います。

    協会としては、実務で役立つ内容に重点を置いているので、アカデミックな部分はまだ十分に取り組めていません。どこかの大学と提携するなどして、不動産学の基礎から学べるようなプログラムが作れたらいいなと思っています。これは夢のような話かもしれませんが、勉強する機会を増やすことは業界のためになるはずです。

    まとめ

    日管協の石河博史事務局長が描く賃貸住宅管理業界の未来は、認知度向上と専門性の確立を軸に据えたものです。人手不足解消のためには賃金向上と業界のブランディングが不可欠であり、YouTubeなどを活用した情報発信にも力を入れています。さらに将来を見据え、不動産学の学問としての確立にも意欲を示しており、多様化する居住ニーズに応えつつ、プロフェッショナルとしての価値を高める日管協の取り組みが、これからの賃貸住宅管理業界の発展を牽引していくことでしょう。

    本記事のインタビュイー様

    日本賃貸住宅管理協会 事務局長
    石河 博史様

    公益財団法人日本賃貸住宅管理協会(日管協)本部事務局長の石河博史氏。協会設立当初から在籍し、2020年に事務局長に就任。30年にわたり賃貸住宅管理業の健全な発展と認知度向上に尽力。「賃貸住宅管理業務87のメソッド」や「賃貸住宅メンテナンス主任者」資格制度の創設など、業界の価値向上に貢献している。

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