【専門家インタビュー】北澤弘貴様|“リアルタイムの電子申し込み”が、生き残りの鍵に。データが不動産市場を進化させる。
今回お話を伺ったのは、株式会社いい生活の代表取締役副社長 COOである、北澤弘貴 様。不動産テックのリーディングカンパニーとしてどのようにサービスを確立されてきたのか、そしてこれからの不動産業界には何が求められるのかなど、さまざまなお話をお聞きしました。
- 1同僚4人で独立起業。不動産のIT化が進む未来は、すでに見えていた。
- 1株式会社いい生活を設立された経緯をお聞かせください。
- 1なぜ不動産の領域を選ばれたのでしょうか?
- 1不動産のIT化を進める“ハードルの高さ”への、迷いはありませんでしたか?
- 2不動産ポータルから、業界のニーズに応えてサービスを拡大。
- 2御社は現在さまざまなサービスを展開されていますが、まずはどんなサービスから始めたのですか?
- 2ポータルサイトからサービスを広げられたきっかけをお聞かせください。
- 2需要に応じて、方向転換を図られたのですね。
- 2領域の異なる“管理システム”事業への参入は、大変だったのではないでしょうか。
- 3幅広いサービス展開で、あらゆる業態の業務をサポート。
- 3改めて、御社が現在提供されているサービスの概要をお聞かせください。
- 4不動産業の肝は、「物件」から「人」へ。“暮らしを提案するビジネス”とは。
- 4今後は、どのようなサービスに注力されていくご予定ですか?
- 4“新たなビジネスモデル”とは、どのようなものでしょうか?
- 5“リアルタイムの電子申し込み”が、生き残りの鍵に。
- 5そのほか、不動産テックにおいて今後重視すべき領域はありますか?
- 5大変興味深いお話です。
- 6データが不動産市場を進化させる。これからも業界の声に耳を傾け、進化を後押ししたい。
- 6不動産テックの可能性は、大きく広がっているのですね。
- 6それらのデータを活用する方法は、すでに出てきているのでしょうか?
- 7まとめ
- 8【本記事取材のインタビュイー様】
同僚4人で独立起業。不動産のIT化が進む未来は、すでに見えていた。
株式会社いい生活を設立された経緯をお聞かせください。
私はもともと30歳、もしくは入社10年目には独立起業しようと考えていました。ただ具体的なアイデアはなかったので、まずは以下3つの条件にあてはまる企業に入ろうと思い、ゴールドマン・サックス(以下、GS)に入社しました。
- 世界を見ることができる
- 上場を目指す起業家・経営者と接点がある
- 独立資金を貯められる会社
入社後は、あっという間に時が過ぎていきました。気づくと20代後半でベテランの域に差し掛かっており、タイムリミットは刻々と近づいている。しかし、なかなか良いアイデアは見つからない。
一方で、仕事柄アメリカのベンチャー経営者から色々なネットビジネスの話を聞いていたため、「これからはインターネットの時代だ」というのは感じていたわけです。そして、いよいよ日本もインターネット時代の黎明期を迎え、さまざまなネットビジネスが登場し始めました。
そこで、「他人のビジネスを手伝っている場合じゃない、自分たちでもやりたい」と。まだサービス内容は固まっていませんでしたが、同じくネットビジネスの立ち上げを考えていたGSの同僚3人と一緒に退職しました。これが、入社9年目のことですね。 引用元:株式会社いい生活
そして同僚達と立ち上げたのが、株式会社いい生活です。創業以来、ずっと同じメンバーで経営を続けています。
なぜ不動産の領域を選ばれたのでしょうか?
「不動産をデータベース化したら面白いことになりそうだな」と感じたのです。
不動産は金融資産の中で最も複雑で、厄介だと言えます。例えば「株」は、どの証券会社でも同じ価格で販売されていますし、売られているのならば当然その時の価格と株数が存在しています。
これに対して「不動産情報」は、“価格”も“提供されている情報”も各社バラバラであることもあれば、実際は存在しない物件いわゆる“すでに売れてしまった”とか“おとり物件”のケースもあると。また、不動産には同じモノが一つとしてありません。例え同じマンションでも、階数や部屋の位置などによって価値は異なるわけです。
このように複雑だからこそ、データベース化する意義がある。そしてITによって最も大きく変わる可能性を秘めていると考えました。
不動産のIT化を進める“ハードルの高さ”への、迷いはありませんでしたか?
そこの迷いはなかったです。我々は幸運にも、不動産を画像や位置情報を加えたデータベースとして提供する時代が来ることはすでにわかっていましたので。高校や大学の理系仲間やアメリカや日本のGSのアナリスト仲間からは「インターネット技術・速度、デバイスともに飛躍的な進歩を遂げる」と聞いていましたし、海外マーケットに目を向けると我々と同じようなネット企業が生まれベンチャー市場から資金調達や株式公開を始めていたのです。
ですから、当時日本もこれからは“インターネット上で物件画像を見て、ネット上の地図で場所をチェックする”ようになるだろうと予測できました。
ハードルが高く、険しい道だからこそ取り組む価値があるのだと思います。誰にでもできそうな事業だと、それだけライバルも多いので基本的に難しい。この事業は、周囲から「辞めた方がいい」と反対されたからこそスタートしたのです。
不動産ポータルから、業界のニーズに応えてサービスを拡大。
御社は現在さまざまなサービスを展開されていますが、まずはどんなサービスから始めたのですか?
まずは不動産情報をはじめ旅行や婚礼などを含む総合生活情報サイト「e生活」から始めました。依頼があればホームページやシステムも制作していましたが、当時ホームページなどはまだまだ普及していない頃。ちょうどポータルサイトがいくつか誕生し始めたばかりで、ITに関心のある不動産会社さんは皆ポータルサイトを使っていたのです。
立ち上げた当初(2000年頃)は、やはり苦労しましたね。物件の広告掲載はまだ「不動産情報誌」が主流で、「載せて何人お客さんが来るの?」とポータルサイトに懐疑的な不動産会社さんばかり。また、興味を持ってくださったとしても、物件写真はもちろん住所もなかなか提供していただけませんでした。情報誌に載せるのも“間取りと紹介文1行”という時代でしたから、情報を明かすことへの抵抗感が大きかった。
そのため、何度も足を運んで粘り強く業界の未来についてお話したことを覚えています。さらに“ワープロ専用機のデータをパソコンに移し替える”等の細かな仕事を引き受けながら、徐々に信頼を勝ち取っていったのです。
私たちは自己資金だけでやっていたため、その面での大変さもありました。実は、弊社は創業以来一度も借入をしていません。また大きな第三者割当増資をしていません。やはり自己資金だけのほうがお金に甘えずキャッシュフローに敏感になりますし、本気で事業と向き合えました。
ポータルサイトからサービスを広げられたきっかけをお聞かせください。
広げたきっかけは、今でも鮮明に覚えています。足繁く営業に通い続けて関係性は築けていたものの、なかなかポータルサイトをご利用いただけない不動産会社さんがいまして。ある日その会社さんに、「反響が気になるなら無料で試してみたら?」とご提案したんです。すると、「実は無料にしてもらっても大変なんだ」と。
そして見せてくださったのが、4人の女性がそれぞれ先行していた不動産ポータルサイトに入稿している姿でした。サイトごとに担当が決まっており、一日中パソコンに向かっていると。つまり我々のポータルサイトを無料で使えても、入稿のための人件費が掛かるわけです。
引用元:ESいい物件One - SUUMO等不動産ポータルサイトコンバート
そこで、“入稿のための人件費”と戦っている会社さんの需要に気づいた我々は、複数のポータルサイトに物件データを一括入稿できる「コンバートシステム」を開発。ポータルをやめ、コンバートシステムに注力していきました。
需要に応じて、方向転換を図られたのですね。
そうです。その後も次々と生まれるニーズに応える形で、徐々にサービスの幅を広げていきました。 消費者の間でインターネットが普及し始め、不動産業界にもホームページの時代が来たタイミングで、弊社もホームページ制作サービスを強化。ホームページが主流になると、今度は反響への対応に追われる会社さんが増えるというわけです。そこで、反響メールに自動返信できる仕組みを作りました。
すると次は、「どこからどんな内容の反響が来たのかを管理したい」「物件データから契約書や申込書を作成・プリントしたい」というご要望がくる。このように高度化・多様化するニーズを一つひとつ拾い上げながら、営業活動を支援する“募集系”のシステムを中心に展開していったのです。
その後しばらくして「管理システムを作って欲しい」という声も出始めたので、管理システムにも手を広げました。これが、他社との差別化に繋がったと感じています。
領域の異なる“管理システム”事業への参入は、大変だったのではないでしょうか。
データ構成という点ではそこまで難しい話ではありませんでした。管理システムのデータ項目はお金を扱うので一見大変そうに見えますが、扱う情報の種類が募集系の情報より圧倒的に少ない。必要な情報は物件の基本情報・住所・修繕内容・オーナー情報・入居者情報、お金の流れ、入出金マッチング等ですから、様々な検索項目をカバーする募集系の情報に比べれば実はそれほど難しくないのです。
一方で、弊社とは逆に管理システムから募集系に手を広げる場合は、難易度が高いと思います。
募集系のシステムは、刻々と変わる消費者の嗜好やライフスタイルを分析し、反映しなければなりません。例えば、今から20年前のキラーキーワードは「バス・トイレ別」と「フローリング」。当時はどの不動産会社さんも、こぞってこれらのキーワードを散りばめていた。しかし、現在これらは重要な条件の一つではあるものの、決して“注目のトレンド”とは言えません。
単身向け | ファミリー向け | |
---|---|---|
第1位 | 室内洗濯機置き場 | 室内洗濯機置き場 |
第2位 | TVモニター付きインターホン | 独立洗面台 |
第3位 | インターネット無料 | 追い焚き機能 |
第4位 | 独立洗面台 | TVモニター付きインターホン |
第5位 | 洗浄機機能付き便座 | 洗浄機機能付き便座 |
この表のように消費者の変化を追う発想は、管理システムには基本的に不要。そのため、もともと管理システムだけ作っていた会社が募集系に手を広げても、消費者の心に刺さる“集客力のあるシステム”はなかなか作れないのです。
幅広いサービス展開で、あらゆる業態の業務をサポート。
改めて、御社が現在提供されているサービスの概要をお聞かせください。
簡単にお話すると、弊社は「統合型業務支援システム」をクラウド・SaaSとしてご提供しています。例えば、「いい物件One」シリーズや「pocketpost」。
「いい物件One」シリーズは、物件や取引データを一元管理できる管理・仲介業務支援システム。「賃貸管理」「賃貸仲介」「売買仲介」などの業態別にご用意しており、それぞれの業態に必要な機能を幅広く備えています。この中に、先ほどお話した「コンバートシステム」などが含まれているわけです。機能ごとの導入や業務フローに合わせて機能を連携させる総合的な導入が可能です。
そして「pocketpost」は、賃貸管理業に特化したコミュニケーションアプリ。入居者様・オーナー様それぞれとチャットで簡単に会話できるのに加えて、退去精算・一時金の回収等ができる「スマホ完結決済」サービスも備えています。
そのほか、「Google検索と親和性の高い自社ホームページCMS」や「業者間プラットフォーム」、「Web会議クラウドサービス」などもご用意しています。
不動産業の肝は、「物件」から「人」へ。“暮らしを提案するビジネス”とは。
今後は、どのようなサービスに注力されていくご予定ですか?
入居者様・オーナー様を対象としたスマホアプリです。不動産管理業界が「物件」中心ではなく「人=入居者様・オーナー様」中心でもあるビジネス故に、システムも物件中心から人に関係する機能を高めていくはずですし、切り替わっていくべきだと思うからです。
「物件」にのみ注力している場合、引っ越しやオーナーの世代交代によって「人」との繋がりは切れてしまい、そこから広がりません。しかし、「人」に注力しておけば、「物件」とも「人」とも繋がりを保て、ビジネスが大きく広がっていきます。入居者様には引っ越し先としてまた別の自社物件をご案内できますし、オーナー様に対しては新たな物件の売買・管理等のお手伝いもできます。
そして、アプリを使えば、これまでほぼ一方通行に近いやり取りしかできなかった入居者様・オーナー様へ簡単に双方向かつ効果的なアプローチができ、距離を縮められる。このツールを活用しない手はないと思います。
また、このようなアプリの普及は、新たなビジネスモデルの構築にも繋がると考えています。
“新たなビジネスモデル”とは、どのようなものでしょうか?
一言でいうと、“暮らしを提案するビジネス”です。
そもそも不動産会社さんは、「人が住む器」を提供し、街の生活基盤を担っています。さらに入居者様・オーナー様向けのアプリで「人」とも密に繋がれるようになる。つまり、「入居者様やオーナー様に情報発信したい」と考えている企業にとって、不動産会社さんはいわば“キーマン”のような存在になったということです。
そのため、今後は“暮らし”にまつわる商品・サービスを展開しているいろいろな企業から「うちの商品・サービスを入居者やオーナーに紹介して欲しい」というオファーがくるはずです。
このような企業と協働しながら入居者様・オーナー様向けのアプリを活用することで、不動産業界はさらに進化していくと思います。
“リアルタイムの電子申し込み”が、生き残りの鍵に。
そのほか、不動産テックにおいて今後重視すべき領域はありますか?
電子申し込み・電子契約の領域ですね。“オンライン化、電子化されたからOK”ではなく、不動産業界もこれからは「ネットで気に入った物件を見つけたら、ボタンを押して即時に申し込める」方向性を目指すべきだと思っています。
この実現に向けて、データ連携の基盤を強化するのはもちろん、“物件確認”というステップも可能な限りなくしていく必要があるかな、と。そもそも、他業界で実現されている今の時代に物件確認は全くそぐわないものだと感じています。
情報社会に生きる今の消費者にとって、情報とは当然リアルタイムに反映されるもの。そのため、サイトに物件が載っていると、借りられる・買えると考えます。ところが実は、“空きがあるかの確認”が必要で、すでに申し込まれている可能性もある。これは、消費者からすると納得し難いことですよね。
例えば、新幹線の座席がサイト上で掲載・販売されていたから注文したのに、注文後に「空きがあるか確認するのでお待ちください」と連絡がきたら不信感を抱く感覚と同様です。 株や為替取引の金融サービス、航空チケット、レストラン、ホテル等の予約やショッピングECでも同じですね。
不動産業界だと物件確認は常識ですが、ここがすでに今の消費者の感覚・ニーズからズレてしまっている。そう考えると、今まさに業界全体の意識改革が求められているのではないでしょうか。不動産業界はこれまでも消費者に合わせて自らを変え、進化を遂げてきたわけですから。
大変興味深いお話です。
この部分は不動産取引において“最後に残っているアナログ”であり、最も重要なポイントだと感じています。これからは、不動産業界とテック業界が協同して次のような仕組みをいち早く整えていくべきでしょうね。
- ボタンを押した瞬間に申し込みが確定する→そのまま審査・電子契約に進める
- 書類のやり取りも全てデジタルで行える
- 契約内容は入居者・オーナーアプリでも確認できる
これが今の消費者のニーズなのです。そして、このニーズに対応できた不動産会社さんだけが、部屋探しする人、入居者、オーナー、そして社員から支持され今後生き残っていくと思います。
データが不動産市場を進化させる。これからも業界の声に耳を傾け、進化を後押ししたい。
不動産テックの可能性は、大きく広がっているのですね。
そうですね。これからは、「データ」も重要なキーワードになっていくでしょう。
そもそも不動産会社さんが所有しているデータは非常に貴重であり、大きな可能性を秘めています。入居者の「年齢・性別・仕事・年収・住所」などのデータをすべて所有しているのは、不動産会社さんだけです。国も県も市町村も、個人の“現住所”までは把握しきれていません。特に学生さんは、上京しても住民票は地元のままというケースも多いですからね。
そして、これらの貴重なデータを扱いやすいよう柔軟に整備できるのが、我々テック企業なわけです。そのため、これからの不動産業界は“ただ不動産を扱うだけ”ではなく、これらの“データを活用し新たなビジネス”へと大きく舵を切っていく可能性があるのではないでしょうか。
もちろん個人情報なので勝手に活用することはできませんが、入居者の個人情報を侵害せず入居者のためになる活用目的などしっかり説明しれば入居者からの承諾を事前に得たりすることもできるでしょう。
それらのデータを活用する方法は、すでに出てきているのでしょうか?
すでに出てきています。例えば、入居時にウォーターサーバーやWi-Fiのご案内をしているのも、データを活用したビジネスの一つです。
今このようなビジネスをきちんと行っている不動産会社さんは、今後さらにまとまったデータを活用していくようになると考えられます。テック化が進むことで、今までと比べものにならないほど多くの、そして質の高いデータを取得できるようになっていきますから。データが不動産市場を進化させる時代は、すでに始まりつつあるのです。もちろん、入居者、オーナーなど関係する方々への丁寧な説明をもって協力を得ないといけません。
どんなデータをどう活用するのかは、テック企業からご提案をしなくても不動産会社さんがすでにさまざまな構想を練っていると思います。今までは、それを実現するツールがなかっただけなので。適切にデータが取得・活用・管理できるようになった今、付帯サービスの提案から学生向けの間取りや家賃提案など不動産会社さんには取り組みたいことが山ほどあるはずです。
そのため、弊社としてはこれまでと同じく不動産会社さんのリアルな声に耳を傾けて、ニーズを形にしていく。それが、我々の役割だと考えています。そしてテクノロジーの力で業界の進化を後押しすることにより、すべての人にとっての「いい生活」を創造したいですね。
まとめ
▲株式会社いい生活のオフィス受付前にて撮影
時代を読み未来を見据えながら、ニーズを満たす革新的なサービスを提供してきた北澤様、そして株式会社いい生活。その確かな洞察力と分析力で、不動産業界と共にこれから更なる進化を遂げていくに違いありません。
【本記事取材のインタビュイー様】
株式会社いい生活 代表取締役副社長 COO。1968年生まれ、愛知出身。 1991年にゴールドマンサックス証券会社入社。外国株式、日本株式を機関投資家(金融法人)へ提案、2000年に退社。同時にGSを退社した同僚3名と株式会社いい生活を設立し、代表取締役副社長に就任する。賃貸管理・仲介業での業務を一元管理できる“いい物件One”を核とした、不動産企業向けのSaaS型クラウドサービスを開発・提供している。