【専門家インタビュー】田村 修様|「時間も場所も選ばずに利用できる不動産」へ。今求められるのは、柔軟な発想力。
めまぐるしく変化する社会情勢の中で、着実に進化を遂げてきた不動産業界。今回は、「日刊不動産経済通信」の編集長である田村修様にインタビュー。日本の不動産業界の歴史を振り返りながら、今の不動産業界に必要なこと、そして今後の可能性についてお話いただきました。
不動産は、都市そのもの。業界を見つめ続けてきた36年。
まずは、御社に入社された経緯や記者としてのキャリアをお聞かせください。
記者としてのキャリアの始まりは、大学時代に遡ります。当時、記者を目指してとある新聞社でアルバイトをしていました。最初は雑用ばかりだったものの、社会部の都内版で一名欠員が出たことをきっかけに、記者の仕事を任せてもらえることに。
あくまでアルバイトの延長のような形でしたので、卒業後は新聞社ではなく出版社に就職。主に基礎医学関係の雑誌・書籍の編集に携わりました。しかし、しばらく働いて「やはり自分は記者の仕事がやりたい」と感じていた時に、たまたま同僚から「記者を募集しているよ」と当社を紹介されたのです。
特に不動産に興味があったわけではありませんでしたが、「ここなら記者を長く続けられそうだ」と感じて入社しました。これが、今から約36年前のことです。
引用元: 株式会社不動産経済研究所
入社後は、「日刊不動産経済通信」の記者としてハウスメーカー・大手デベロッパー・行政・流通などのさまざまな領域を一通り担当したのち、2008年に編集長になりました。
たまたま携わった「不動産」の領域でここまで長く続けてこられたモチベーションは何でしょうか?
まずは、不動産自体の多様性ですね。不動産というと単に「土地・建物」という印象を抱かれがちですが、本当は「都市そのもの」。また、「住文化」を念頭に置いた上で関わっていく必要もあります。と考えると、不動産はとても広く、奥の深い領域なのです。そう気づいてから、取材の度に興味の対象が広がっていく感覚を、楽しみながら続けられたように思います。
業界の方々との出会いも大きなモチベーションに繋がっていました。多くの方々に出会って、いろいろな話を聞いて。仕事の話だけではなく、お酒を一緒に飲みながら人生観などを聞くこともあります(今は状況的に難しいですが)。最後は、“人間同士の付き合い”になるのです。
取材を通じて知り合って、いまだにお付き合いをさせていただいている方もいますし、これも記者の醍醐味の一つなのでしょうね。
長く不動産業界に携わってきた中で、エポックメイキングだった出来事・印象的だった出来事などをお聞かせください。
私が記者になったのは、ちょうどバブルが始まったばかりの頃。不動産価格が高騰し、“狂乱地価”なんて言われていました。このバブルの生成から崩壊にかけてが、私にとって最初のエポックな出来事だったように思います。
バブルが弾けて不良債権処理問題が起きた時は、「住専(住宅金融専門会社)」が世間を大きく騒がせました。
「住専」は、大手金融機関が子会社として設立した住宅ローン専業会社でした。しかし、徐々に大手金融機関も住宅ローン事業に注力し始め、そのあおりを受けた住専は不動産融資に傾斜。そして高リスクな不動産事業にも融資を続けた結果、バブル崩壊で巨額の不良債権を作ってしまったのです。
このような出来事をきっかけに、不動産業への関心が社会全体で高まったように感じます。バブル崩壊までの不動産は、経済社会的にはマイナーな領域でしたから。
また、バブル崩壊後も資産デフレが長く続き、不動産業界は沈みっぱなしの状況でした。そこで、不動産市場の活性化を目的に「不動産の証券化」という新たなビジネスモデルが登場したというわけです。このあたりの動きも積極的に取材していたので、強く印象に残っています。
全体を俯瞰しながら、“価値のある情報”を探る。
編集長として、情報を届ける際に心掛けていることはありますか?
「日刊不動産経済通信」は不動産関連業界向けの専門誌なので、“読者のビジネスに役立つ情報か否か”を最も重視しています。
“役立つ情報”にするためには、まずマクロな視点で政治経済を含む「社会全体のトレンド」を見渡しながら、そのトレンドが不動産業界にどんな影響を与えるのかを見極めることが重要です。その上で、ミクロな視点から価値のある情報だけをピックアップしていきます。
トレンドの把握から情報のピックアップまで、具体的にはどのように行っているのですか?
基本は“地道な情報収集”と“勉強”の積み重ねですね。先程も申し上げた通り、情報収集の一環として「なるべく人と会う」ことを大切にしています。
例えば、記者は名刺一つで大企業のトップ陣にお会いできます。このような方々は、やはり深い知見をお持ちですからね。できる限り足を運んで知見をお借りし、その上で情報を精査すると。こういった地道な作業を繰り返しながら、読者に役立つ情報を追求しています。
コロナにより高まった“家への目利き力”。住宅市場は、さらに活性化していく。
不動産市場の現状を、どう捉えていますか?
以前から潤沢なグローバルマネーが不動産に向かっていましたが、コロナによってこの動きがますます活発化しているように感じます。
日本、特に東京の不動産は、海外の大都市に比べるとやや安く利回りも少し高めです。そのため、もともと海外の投資家から高い注目を浴びていました。そこにコロナが発生し、海外でも金利が大きく低下。かつ、日本はコロナの感染率が比較的低い。こういった出来事が相まって、日本の不動産への需要が今まで以上に高まっているのです。
そのため、コロナの影響で売りに出されたホテル・商業施設なども、なかなか値段が下がっていません。本来であれば半値8掛け5割引のような形で買い叩かれてしまうところですが、マクロで見ると比較的高止まっています。
住宅の賃貸に関しても非常に好調だと思います。空室率も悪化していませんし、賃料も安定しています。その一方で、テレワークの普及によりオフィスの賃貸は稼働率がやや下がり、家賃も“成約賃料”ベースで下がってきているように思います。今後は、広いオフィスを都心に構えるケースも減ってくるのでは、と言われています。
アフターコロナでは、どんな動きが予想されますか?
難しいところですが…例えばテレワークに関して言うと、完全になくなることはないように思います。とはいえ、“在宅疲れ”の方も結構出てきているのは事実です。また、欧米と比較するとアジア圏ではオフィス勤務が重視される傾向にありますから、日本でも今後オフィス勤務への揺り戻しがあるような気がします。
今後はテレワークとオフィス勤務のハイブリッド型になっていくのかな、と考えています。出勤するにしても時差出勤を取り入れるなど、今回の経験が上手い形で活かされるのではないでしょうか。
ただし、テレワーク・オフィス勤務それぞれの割合は、読めませんね。この割合次第で、不動産市場の動きも変わってきそうです。先ほどオフィスの話で触れましたが、テレワークは不動産市場に大きな影響を及ぼしますから。
住宅市場の動きはいかがでしょうか?
個人的には、住宅市場はアフターコロナでますます活性化していくと考えています。
コロナ禍で在宅時間が長くなったことにより、“家の価値”が見直され始めています。従来「家は寝るための場所」という感覚だった人達が、家の大切さに気づいた。そして、家の粗が見えてきて、家に対する目利き力が高まったわけです。
その結果、「より質の高い家・広い家に住みたい」というニーズが増え、分譲マンション・戸建てへの住み替えが進んでいます。このように“住み心地”を追求して住み替える動きは定着していくはずですから、住宅業界は今後も安定した成長が期待できるのではないでしょうか。
コロナによる影響は、大都市と地方でも異なりそうです。
そうですね。地方は元々“職住近接”の傾向がありますし、テレワークが進んでいるのは大都市圏、特に東京がほとんどです。となると、やはりコロナによる変化は大都市が中心だと言えます。
住宅に対するニーズもそうです。地方はもともと持ち家率が非常に高いので、そこまで大きな変化は起きていないのではないでしょうか。
地方における最近の傾向としては、コロナ前から駅前の再開発がかなり進んでいます。タワーマンションが次々と建てられ、売れ行きも好調だと。駅から離れた場所に住んでいた方や、高齢で広い居住スペースが不要になった方など、戸建てからの住み替え需要が多いようです。
今はやはりコンパクトシティ化、つまり「都市機能を中心部に集約させることで、行政の合理化を目指す」という動きが進んでいますから、需要もそれに追従しているのでしょうね。
資格は「現状に適したカタチ」に発展して欲しい。
「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」が2021年6月に施行されましたが、これはどう捉えていますか?
出典:国土交通省
非常に良い動きだと捉えています。今まで曖昧だった賃貸住宅管理業が制度化され、きちんと「業」として認められる。また、サブリース業者の役割が社会的に認知されることで、消費者からすると安心感が高まりますし、管理業界の方々からすると大きな張り合いになると思います。また、プロ意識もより高まるはずです。
これまで賃貸管理業は、家賃徴収・入退去手続きなどのいわゆる“PM業務”のイメージが強かったように感じます。しかし本来は、オーナーの資産価値を最大化する=“AM業務”こそが、賃貸管理業の使命なわけです。
今回の法律は、この「本来あるべき姿」を業界全体で実現するための大きな一歩になると考えています。
このほかに、法整備・制度改革が必要だと思われる部分はありますか?
個人的には、今回の新法施行で国家資格化された「賃貸不動産経営管理士」、さらに「宅地建物取引士」にも、“等級”のようなモノを定めても良いのかなと。
例えば建築士にも一級・二級と等級があり、それぞれ業務範囲が異なります。
不動産業界の資格にもこのような仕組みを採用すれば、業界全体のレベルの底上げに繫がると思うのです。ステップを踏むことで長期的に能力を伸ばせますし、モチベーションも高く維持できますから。
さらに言うと、“業務管理者の配置人数”に関する制度も見直しが必要かなと。恐らく、すでに声が上がっているとは思うのですけどね。
詳しくお聞かせください。
現状、業務管理者は「営業所ごとに一人以上置く」と定められています。そうではなく、管理戸数・営業規模などに応じて配置人数を定めるべきではないでしょうか。
先ほどの等級の話もしかり、“一律”というのはあまり良くはないのかなと。せっかくこのような制度が誕生したのですから、より現状に適した形に発展していくことを期待しています。
これからの不動産業には、“時間”の発想が必要。
そのほか、現在の不動産業界に必要だと思われるモノ・コトについてお聞かせください。
これまでの不動産業は、土地・建物という“空間上のモノ”を扱う、いわば「空間のビジネス」でした。しかし今後は、「時間のビジネス」を取り入れることも必要ではないかと思っています。
例えば「オフィス」で考えると、現在は就業時間中にしか活用されていません。これは非常にもったいない。都心の一等地にある建物がフル活用されていないわけですから。
もし、就業時間以外は別のところに貸し出すような仕組みを作れば、新たな収益を確保できます。“欧米の方々とオンラインで繋がる空間”を設けてみるのも面白いです。このように、「時間のビジネス」を意識することで、不動産業界の可能性はさらに大きく広がるのではないでしょうか。
実際にそのような動きはあるのでしょうか?
同じような構想を練っている不動産会社さんはいるかもしれませんが、実現はまだしていないように感じています。
柔軟な発想でビジネスを広げることの重要性は、コロナ禍の中で明確になりましたよね。例えば、飲食店はテイクアウトに方向転換しなければ大半が潰れてしまっていたでしょうし、ホテルも「連泊プラン」「テレワークプラン」などの新プランを展開したことで利用客を確保できたわけですから。
一つのビジネスだけに囚われていると、そこに規制が入ったら一気に窮地に陥ります。でも、ビジネスに幅があれば応用が利くんですよ。これからの世の中何が起こるかわかりませんから、リスク対策は必須です。
そして今、世の中は「時間も場所も選ばない働き方」の実現に向かって動いています。そうであれば、不動産業界も「時間も場所も選ばずに利用できる不動産」を目指すべきではないでしょうか。
テック化により、不動産へのハードルは低くなる。
不動産業界における“テック化”については、どうお考えですか?
テック化は、いまや社会全体のトレンドです。そんな中で不動産業界は“テック化の遅れ”が指摘されていますが、これはある意味仕方ない部分もあると思います。
不動産業界は「建物・土地」というリアルな商材を扱っているため、テクノロジーを取り入れにくいのです。例えば、物件の取り引きを通販サイトで行うのは難しい。いずれそういう時代は来るのかもしれませんが、ハードルは高いですよね。
特に“購入”となると、駅からの距離・間取りなどの情報だけでは決められません。実際に出向いて周辺環境を確認したり、管理人さんに建物や住人について聞いてみたり。現場で直接情報を仕入れたほうが納得できる部分も多いわけです。この辺が、テック化の妨げになっているように感じます。
とはいえ、世の中は間違いなくテック化に向かっています。利用できそうなモノだけ上手く利用する、柔軟な姿勢が求められるのではないでしょうか。
具体的には、どのように利用していけば良いのでしょうか。
まず自社にとって大切な目標・目的は何か、そして達成するためには何が足りないのかを考える。その上で、“合理化すべき部分”と“人が行うべき部分”を整理すれば良いのかなと思います。
例えば、価格査定やマーケティングは、人間よりも高精度で素早く行える「AI」に任せるほうが効率的です。また、自社ネットワークだけでは限界がある場合には、新たな需要を見つけられる「マッチングシステム」を活用すれば良い。一方で、営業などは人間が行って自社の色を出すと。
これらを整理するためにも、やはり最低限「何がトレンドでどんなサービスが登場しているか」という情報は押さえておく必要がありますね。
テック化により、不動産業界はどう変わっていくとお考えですか?
業務プロセスが改革されるのはもちろん、ビジネスモデル自体も「より消費者に寄り添った形」に進化していくと考えています。
加えて情報の整備も進み、今よりもずっとオープンな業界になっていくのではないでしょうか。そうなれば、賃貸・売買においては物件の比較がしやすくなりますし、不動産投資もより気軽に挑戦できるかと思います。つまり、不動産に対してのハードルは低くなると。
これが実現すれば、欧米諸国並みに不動産の流動化は進むはずです。日本経済全体にとっても、大きなプラスになるでしょうね。
不動産業界の一歩先を目指して躍進し、“役立つ情報”を届けたい。
今後取り上げたい研究テーマはありますか?
これまで不動産は「住宅」と「オフィス」が伝統的なアセットタイプでしたが、現在では商業施設・物流施設・ホテル・データセンターなど、大きな広がりを見せています。このように広がっていく分野をきちんと捉え、研究できるモノがあれば積極的に取り上げていく予定です。
また、今のところ「住宅」においては主に新築分譲マンションの調査に注力していますが、今後はストック市場へのアプローチも考えています。
このような調査は一社では行えませんから、さまざまな企業と協働して進めていきます。それぞれの得意分野を掛け合わせることで、より質の高いモノを作り上げたいですね。
より幅広く研究を進めていかれると。これからの「日刊不動産経済通信」も、非常に楽しみです。
ありがとうございます。「読者のビジネスに役立つ情報を届ける」という弊社の“核”は強化しつつも、拡大を図りたいと思います。会社の持続可能性を考えると、さまざまな分野に挑戦することは重要ですから。
不動産業界の進化を追い越すくらいの気概で、我々も躍進しなければなりません。業界の半歩先、一歩先を進まないと、読者に受け入れてもらえませんからね。そのために、社員一人ひとりのレベルアップを図りながら、チームとしても邁進していきたいと考えています。
まとめ
“質の高い情報”の提供により、不動産業界の成長を支えてきた田村様、そして「日刊不動産経済通信」。大局的な視点から本質を見極めるその洞察力は、これからも業界の進化の大きな手助けとなりそうです。
本記事取材のインタビュイー様
株式会社不動産経済研究所 取締役編集事業本部長
1960年生まれ。青森県出身。
1985年に株式会社不動産経済研究所入社。
日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。
2008年2月 日刊不動産経済通信編集長
2015年5月 取締役編集・事業企画部門統括
2017年2月 取締役編集事業本部長
2019年2月 日刊不動産経済通信編集長兼任