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取材記事Interview

【専門家インタビュー】赤木正幸氏|不動産テックの必要性と導入における今後の課題

不動産テックの必要性と導入における今後の課題

不動産とテクノロジーを掛け合わせた「不動産テック」。

さまざまな課題を抱えた不動産業界に新たな風を吹き込み、大きな変革をもたらすと期待が寄せられています。

今回は、不動産テックの必要性や導入における課題等について「一般社団法人 不動産テック協会」の代表理事であり「リマールエステート株式会社」の代表取締役社長でもある赤木正幸さんにお話をお聞きしました。

目次

    不動産金融から、不動産テックの世界へ

    Q.まずは、自己紹介をお願いいたします

    私は現在「リマールエステート株式会社」の代表であると同時に「一般社団法人 不動産テック協会」の代表理事も務めています。会社は、立ちあげてちょうど4年経ちました。

    ベンチャーキャピタルから資金調達をして、スタートアップ型の経営をしています。事業内容は、不動産システムの開発・販売や、不動産テックに関するコンサルティングに加えて、不動産売買の仲介なども行っています。不動産テック事業と、不動産事業の両輪で展開しているわけです。

    私自身、元々は不動産業界の人間です。森ビルなどの不動産のリートを扱う、いわゆるファンドマネージャーのような仕事をしていました。その後、今の会社を立ち上げ、不動産テックの「カオスマップ」を作成したのをきっかけに、不動産テック協会を設立した、という経緯です。

    Q.御社が開発・販売されている不動産システムについてお聞かせください

    引用元:キマール

     

    「キマール」という、B to Bを対象とした不動産売買の業務支援を行うシステムです。簡単に言うと、物件や資料の情報管理・顧客管理・マーケティングを一括で行えるようになっています。今のところ、B to Bにおける不動産売買の業務支援システムを提供している会社は、まだ希少ではないでしょうか。

    というのも、B to Bの不動産売買はかなり特殊な世界なので、実務を経験し、熟知している人間じゃないと役立つシステムがなかなか作れないのです。しかし不動産売買の領域のみならず、不動産テック企業全般において不動産出身者が立ち上げた企業は半数にも届かないと思われます。不動産テック企業の約3分の2が、IT出身者で構成されているという感覚です。

    なぜ、不動産出身者が少ないのか。これは単純に、不動産テックは不動産事業よりも利益が出にくいからだと言う人もいます。

    Q.そんな中で、なぜ赤木さんは不動産テック事業に進出されたのでしょうか?

    まず、元々不動産の仕事をしている中で、非効率であると感じる場面が多かったためです。特にB to Bの不動産業界は、効率を追求しなくとも大きな利益を出せます。その分「日々の業務効率をもうちょっと上げよう」という方向にはなかなか行きません。しかし、やはり基本となるのは毎日の業務ですから、効率化するに越したことはない。この業務効率化にテクノロジーは大きく寄与できます。

    次に、慢性的な人手不足という不動産業界の課題解決に尽力するためです。不動産業界は、人材を採用する側から見ると決して人気がある業界とは言えません。「キツそう」「怖そう」というイメージが先行していますから。良い人材を確保するためにも、ITでどうにかしなければならないなと感じました。

    そして最後の理由は、テクノロジーや情報を活用した不動産ビジネスの新たな可能性に惹かれたためです。日本の不動産業界、特にB to Bの領域は、テクノロジーが活用されていないこと、情報が出回らないことが大きな特徴です。

    逆に言うと、テクノロジーを活用し、有益な情報を自分達で集められれば非常に強い。そのため、「どんな情報を、どのように集めれば、どんな不動産ビジネスが展開できるのだろうか」と興味が湧き「不動産テック×不動産」の両輪で事業をスタートさせました。

    この両輪であれば、以下のような相乗効果による利益が見込めます。

    • 自社の不動産テックシステムを使って、不動産事業を高速回転させ実績を積む
    • 新しいやり方や実績を見て興味を持ってくれた方に、自社のシステムを提供し協業する

    不動産テックはまだ見ぬ新たなモノを生み出すわけではなく、「不動産事業にテクノロジーがどの程度寄与できるのか」という考え方が基本です。

    先ほども少し触れましたが、不動産テック事業だけではなかなか大きな利益は出せません。日本国内の“システム利用料”という小さなマーケットだけでは、限界があるのです。

    そのため、軸となる不動産事業があって、初めて大きな利益が見込めます。

    海外の場合は、ベンチャーキャピタルもこのような見方をしてくれているので、不動産テック企業の立ち上げには大きな資金が動きます。

    対して日本の場合は、不動産テックを本筋である不動産事業と切り離して考えてしまうことが多いため、大きな資金調達は難しいのが現状です。日本での不動産テック拡充を図るには、まずこのあたりの認識を変えていく必要があるのかなと思います。

    日本の不動産業界とは

    Q.日本の不動産業界は“情報が出回らない”この点について、詳しくお伺いできますか

    日本の不動産業界とは

    日本の不動産業界は、情報に対する考え方や扱い方が特殊です。不動産業者が欲しい情報とは、“自分しか知らない情報”です。そして、情報を第三者に渡す時には仲の良い人だけに、相手によってそれぞれ条件を微妙に変えながら渡します。

    たとえば、物件の金額を微妙に変えて伝える場合もありますが、これは決して相手を騙しているのではありません。相手に応じた金額を提示したほうが、成約率が上がるためです。この話を弊社のエンジニアにしたところ「隠蔽と捏造の世界ですか?」と聞かれたのですが、私はこれを“インサイダーの世界”と呼んでいます。

    金融業界では、もちろんインサイダーは違法です。しかし不動産業界、特にB to Bにおいては、内部関係者しか知り得ないようなインサイダー情報でないと取引の武器にはなりません。すでに出回っている情報は、価値がないと判断されます。ですから、良い物件であればあるほど、情報を伝える人数は最小限に抑えるわけです。

    さらに言うと、自分が手に入れた情報が必ずしも正しいものだとは限りません。そのため、不動産業者は“情報の真偽を判断しながら、情報の広がり具合をコントロールする”という高度な情報ゲームを無意識に行っています。

    一方で、B to Cの場合はまた事情が異なります。B to Cの領域においては、不動産会社と消費者の情報格差はなくすべきですし、すでになくなりつつあります。ただ、なかにはB to Cの賃貸仲介でも、いわゆる“おとり物件”をHPに載せて、悪い意味での情報コントロールを行っている業者もいます。「見えている情報をそのまま受け取っていたら勝負にならない」という意味では、B to Bと共通している部分があるのかもしれませんね。

    不動産業界の情報の扱い方については、「もっとオープンにすべき」という声も上がっています。しかし、情報をオープンにしてもメリットが少ない不動産業者も多いため、ことB to B領域における商習慣に関しては、今後も変えることは難しいかと思います。

    Q.情報の扱い方のほかに、日本の不動産業界の特徴はありますか?

    捨て看板やフィーチャーフォン、FAXがまだまだ盛んに活用されています。また、不動産の世界で大切にされているのは勘と経験と度胸(KKD)。まさにアナログな世界ですよね。このKKDをもとに、とても高度な情報コントロールが行われています。

    なおかつ、不動産の営業には要所要所で必ず“人”が必要になってきます。なかでも、ポスティングは最たる例です。“特定の場所にいる人に必ず見てもらえるメディア”というのは、実はポスティング以外にはまだ存在していないのではないでしょうか。リアルな場所を押さえているというのが不動産業の強さだと思います。こういった点を無視して、すべての業務をテクノロジーに切り替えられるかというと、人の手こそが効果を発揮する部分は必ず残ると考えています。

    ただ当然のことながら、テクノロジーが寄与できる部分は大きいと言えます。たとえば、不動産業界の難しい点の一つとして、ニーズの異なる3世代の消費者が入り交じっていることが挙げられます(※3世代とは「団塊の世代」、団塊の次の世代である「ミレニアルズ」、そしてミレニアルズに続く「ジェネレーションZ」のこと)。

    それぞれのニーズが異なるため、どの世代をどのくらいの割合で狙うかによって、物件のサービス内容や管理の仕方などを大きく変える必要があるわけです。

    まさにこの点において、テクノロジーの出番かなと思います。テクノロジーを利用すれば、一律ではなくそれぞれの世代に向けたサービスを実現できますからね。

    不動産テックの浸透による、不動産業界の変化

    Q.不動産業界には、伝統的な商慣習が強く残っているのですね。一方で、近年変化してきたことはありますか?

    日本の不動産業界における変化には不動産テックが関わってくるので、まずは不動産テックについて簡単にお話します。

    引用元:一般社団法人不動産テック協会

    上の図を見ていただければおわかりになるかと思いますが、不動産テックのサービスは、「スペースシェアリング」「クラウドファンディング」「VR/AR」「仲介・管理業務支援」「IoT」などの細かなカテゴリーに分類されています。フィンテック(金融×テクノロジー)やコンテック(建設×テクノロジー)などの領域と重なり合う部分もありますね。

    カテゴリー別で言うと、まず大きな変化を起こしたのが、不動産や空きスペースを共有できる「スペースシェアリング」です。従来の不動産は数ヶ月~数年単位での契約が主流でしたが、スペースシェアリングの台頭により、時間単位で契約できるようになりました。また、そもそも自分が所有していない物件でも、一旦スペースを借り上げた上で第三者に提供することも可能です。

    スペースシェアリングに関しては、最近知人から興味深い話を聞きました。駅から離れている物件の部屋を時間貸しにしたところ、常に埋まっている状態になったそうです。理由は、内装がユニークでインスタ映えするから。今までは「駅からの距離」や「築年数」等で物件の価値が測られてきましたが、今はそれだけではありません。物件の“所有”ではなく“利用”がクローズアップされることで、不動産の価値自体が変わってきたなと感じています。

    Q.そのほかの変化はいかがでしょうか

    「クラウドファンディング」の台頭ですね。個人からお金を集めて不動産売買等を行えるのは、バブルの苦い経験を踏まえると重要な変化だと思います。バブルの崩壊もリーマンショックによる金融危機も、金融機関からの資金供給が途絶えたことで起こりましたから。金融機関とは違う理屈で資金提供を行う人が増え始めているのが、クラウドファンディング。今や黎明期から成長期に差し掛かっていますが、このまま大事に育てなくてはいけないと思います。

    一方で、クラウドファンディングは最近いろいろなトラブルも発生していますね。しかし、不動産ファンドや不動産の証券化も、出始めた頃は結構トラブルが起きていました。物件の評価が甘く、本来なら扱うべきではないスペックの物件が扱われてしまっていたからです。やはり、“人様から預かったお金をきちんと分別管理しながら投資していく”という発想が重要であり、今後の課題ですね。

    また、「VR(ヴァーチャルリアリティ)」や「AR(拡張現実)」技術の登場も大きな変化です。特にAR技術は、広く浸透しつつあります。ARは現実世界の情報にデジタル情報を重ね合わせられる技術なので、家具の配置シミュレーション等もできるのですよ。ちなみに、今後「5G」が始まると膨大な情報をやり取りできるようになるものの「結局スマホで見られる情報は限られているから、5Gの恩恵はフル活用できないのでは?」という声も上がっていますよね。この部分で、スマホではなくVRやスマートグラス(眼鏡型デバイス)を使い、三次元・四次元で情報を表示できるようになればもっと面白いことになるのではないかな、と期待しています。

    あとは、「業務支援」系のシステムが非常に増えているのも最近の流れです。不動産業界の生産性は基本的に一次関数であり、人材を2人増やしたら生産性が2倍に、3人増やしたら3倍になります。しかし、不動産とテクノロジーが融合すれば、人材を2人増やした場合に生産性を2.5倍にすることが可能です。このように業務を効率化して生産性を高めたいと考えている人が、不動産業界に増えてきているのは確かだと思います。

    Q.生産性の向上は、少子高齢化が進む日本において重要なポイントですよね

    生産性の向上は、少子高齢化が進む日本において重要なポイントですよね

    はい。今後人手不足の深刻化が予想されているからこそ、業務の効率化、労働生産性の向上は必須です。ちなみに、日々働いている中で上司から「仕事の付加価値を高めよう」と言われている方も多いのではないでしょうか。これは、なかなか難しい話です。付加価値を高めるべきなのはわかっていても、それに取り掛かる暇がないのですから。まずは日々の業務効率を上げて、時間を作る。その上でどうすべきかを考えれば良いのだと思います。

    いずれにせよ、テクノロジーの利用を促進していかないと、若い人材の確保がより難しくなるでしょう。弊社でも、不動産事業の人材を募集する際は“不動産テックを使った仕事であること”を前面に押し出しています。

    若い人の話を聞くと、不動産=アナログな世界というイメージがあり、「世の中に取り残されてしまうのでは?」と不安を感じるようなのです。「テクノロジーを使った不動産と銘打ってあれば少し安心する」と。事業の実情は置いておいて、少なくとも“不動産テックっぽさを出す”ことも必要なのかもしれません。

    ただ、業務支援システムの浸透は、まだ十分ではありません。データで言うと、不動産テックを知っている人の約43%がシステムの導入を検討しているものの、実際導入するまでには至っていないのです。これには、いくつかの要因が考えられます。

    まず、日本の不動産業界はエクセルを活用し過ぎているように感じます。エクセルはどうしても属人化してしまうので、事故も起きやすいのですが…物件概要書のフォーマットにエクセルを使ったり、中には何百軒もの物件をエクセルのシートごとに管理したりする会社もあります。日本の不動産業界は、エクセルの活用において優秀過ぎるのです。海外の場合、不動産業界にエクセルの細かなプログラミングができる人は少ないので、早々にシステムを導入します。しかし、日本人はエクセルだけで何とかなってしまう。この点が、ハードルになっていると考えられます。

    業務支援システムを、さらに浸透させるには

    Q.ほかにはどのような要因が考えられますか?

    システムに対する考え方も、一つの要因だと思います。不動産業界に関わらず、日本では“自分達の仕事の進め方をそのままシステムにしてほしい”という会社が少なくありません。ですから、業務の80%までシステムでカバーできたとしても「残り20%がカバーできないからこのシステムは駄目」となります。このように100%自分達の進め方にこだわると、中々導入できません。

    一方で海外は、“既存のシステムに仕事の進め方を合わせる”ケースが多いと思います。日本の逆ですね。「業務の80%がシステムでカバーできていれば十分だ」と。「皆がこのシステムを受け入れているということは、「自分達の進め方よりもこのシステムのほうが高効率なのだな」という発想になるのです。そのため、システムが早く浸透します。

    弊社のシステムでも、このパターンはよくあります。顧客の要望は受け止めたいので「足りていない20%の部分は特別に開発しましょうか?」という話になるのですが…そうなると、SaaS(インターネット上で提供されるシステム)を扱うスタートアップ企業でありながら、SaaSなのか受託なのかよくわからない状況になってきます。受託系に傾いてしまうとSaaSの規模を拡大しにくくなる結果として、ますます弊社のシステムを導入できる会社が限られてしまいます。難しい問題ですね。

    これに加え、システムの作り手側の問題もあるのかもしれません。最初にお話ししたとおり、不動産テック企業には不動産経験者が少ないので、実務で役立つシステムを独自につくることが難しい場合もあります。マンション管理の業務支援など「なぜこのシステムがないのだろう?」という穴が意外と多いのはこういった理由なのかもしれません。作り手側の問題を解消することで、今後は徐々に穴が埋まっていくと考えられます。

    Q.業務支援システムを実際に取り入れた方達の感想はいかがでしょうか

    データによると、約半数は「成功した」と満足しています。業務が効率化したのはもちろん、結果として成約数が増え利益に繋がっているようです。そもそも日本の不動産業界のIT資本投入は、アメリカのわずか1割です。また、日本国内の他の業界と比べてみても、不動産業界はIT投資が全然されてこなかった。つまり、その分少し投資するだけでも何かしらの良い結果が出るのです。いわば“やったもの勝ち”の環境が続いています。

    ですから、まずは思い切って取り入れてみることが大切だと思います。特にSaaS等は、そこまで大きなコストがかかるものではありません。

    若い世代に予算枠を与えて試してみて、ダメだったらすぐに辞めれば良い。昔はシステムを導入したら最低でも5~10年は使い続けなければいけない状況でしたが、今は数ヶ月単位で様子を見られます。とはいえ「面白そうだから」という理由でシステムを選ぶと大体は失敗するため、注意が必要です。システムはあくまでも業務のためのツールなので、目的があって初めて活かされます。

    そのため、まずはどこをどう改善したいかという“困りごと”を認識し、その上で問題を解決するためのツールを選定する。最低でもこのくらいの手順は踏まないと、導入しても結局うまく活用できない可能性が高くなります。

    システムを提供する側も、この点は留意すべきです。「うまく活用できなかった」「よくわからないから結局使わなかった」という結果にならないように、ただ提供するだけではなく導入の手助けも含めて行う。

    不動産会社と一口に言っても実際の業務内容は会社によって大きく異なるので、各会社のニーズをそれぞれ汲み取りながらサポートをしていくことが必要です。

    日本の不動産テックにおける問題点

    Q自社に合ったシステムを導入することが大切なのですね

    自社に合ったシステムを導入することが大切なのですね

    はい。あとは、不動産テックと聞くと「ビッグデータやAIを導入してみたい」と希望される不動産会社も多いのですが…どの会社も、ビッグデータやAIを活用できるほどの十分なデータを所有していないことがほとんどです。

     

    資料は沢山溜め込まれているため情報量は多いのですが、データとして処理できる状態にまでは整備されていません。まずは、資料ではなくデータを集めることが先決です。このデータの不足に関しては、実は不動産だけではなく、日本のIT全体の課題でもあります。その最たる例が、IoT(物をインターネットに接続させる技術)です。海外ではIoT機器=便利ツールではなく、データを取得するためのデバイスだと捉えています。データを収集した上で、それをどう加工するか、AIでどう分析・判断させるかという観点で利用しているのです。

    たとえば、eコマース(ネットショッピング)の世界で最も求められているデータは、PC画面の向こう側にいる消費者のリアルな反応です。そこで、スマートスピーカー等のIoTにセンサーを搭載して消費者の動きを追い、データを取ることで「ネットショッピング中に消費者がこういう動きをしている時はクリックされやすい」等の分析を行います。リアルな空間から吸い上げられるデータの価値を、しっかり理解していますよね。

    それに対して、日本はまだIoT機器=便利ツールという考えから抜け出せていないように感じます。そもそも、どんなデータを取るべきかがわからないのではないでしょうか。しかし、どんなデータでも良いのでまずは集めていかないと話が始まりません。

    Qデータの不足が、日本の不動産テックにおける問題点になるのでしょうか

    そうですね。一つ大きなポイントだと思います。ただ、IoTに関連する問題はこれだけではありません。

    不動産業界ならではの問題として使用する人とコストを負担する人が異なるケースが多くコストを負担する人が置き去りになってしまいがちなのです。たとえば、マンション全体にIoT機器を導入する場合、IoTを使用する入居者は便利になります。しかし、導入コストを負担するオーナーとしては、それだけでは導入に踏み切れません。

    オーナーにとって重要なのは「賃料・収益がどのくらい上がるか」であり、IoT機器を導入しても賃料を急に上げられるわけではないからです。もし、オーナーが得られるメリットをデータでしっかりと示すことができれば、先行投資をしてもらえると思いますが…現状、まだその段階には達していません。

    また、日本では作り手側の思いが強すぎるのか、IoTのサービス内容を見ると、オーナーの収益ではなく入居者の利便性ばかりが重視されている印象です。IoT機器の作り手側(メーカー)と、オーナー・管理側とのギャップですね。

    さらに言うと、IoT技術は日進月歩であるため機器の陳腐化が早い。2~3年前のIoT機器が部屋に置いてあるだけで部屋全体が古びた雰囲気になってしまうので、頻繁に新しいものに替えたり、メンテナンスをしたりしなければなりません。不動産の時間軸と、IT・デバイスの時間軸の違い。この点は、IoTの導入にあたり、管理側がきちんと認識しておかなければならないと思います。

    Q.そのほかに、不動産テックにおける問題点はありますか?

    スペースシェアリングで言うと、高い回転率を維持しなければならない点です。自分の所有物件をシェアリングに利用するならまだよいのですが、現状では一旦どこかから借りて、又貸しするパターンが多く見られます。そうすると、大きく利益を出すには常に回転させ続けなければなりません。

    回転率がうまくいかない状況が続くと、コストだけが掛かって利益どころではなくなる。新型コロナウイルスによる影響で回転率が落ちて、今まさに苦労しているところもあると聞いています。

    あとは、価格査定についてです。不動産テックが日本に出始めた頃は、不動産価格を査定するサービスが数多く提供されていました。ただ、日本では成約価格(取引が成立した価格)をなかなか取得できないので、価格査定サービスは基本的に募集価格を集めて活用しています。

    しかし、やはり成約価格と募集価格には差がありますし、その差を埋めることは高度な技術が必要です。日本では出回らないデータを使ってデータサービスを提供するのは、かなり大変なことだと思います。

    海外の場合、特に住宅に関するデータがある程度揃っています。だからこそ、データを活用してネット上で物件を買い取り、転売するiBuyer等のサービスも生まれました。ただ、日本だと使えるデータが限られていますし、マーケットも限られているのでこのようなネット転売サービスはなかなか状況は厳しいようです。

    海外の不動産テック事情

    Q.データサービスのほかに、海外と日本の不動産テックの違いはありますか?

    データサービスのほかに、海外と日本の不動産テックの違いはありますか?

    海外、特にアメリカと日本で大きな違いを感じたのが、人の感情へダイレクトに向き合ってサービスを展開しているか否かという点です。

    近年日本ではCo-living(コリビング)、いわゆるシェアハウスが徐々に盛り上がりを見せていますが、アメリカでは日本以上に広く浸透しています。

    そこで、現地の不動産業者にシェアハウスが浸透している理由を尋ねてみたところ、「寂しいから・孤独だから」という答えが返ってきました。

    ある意味ネガティブではありますが、「寂しい・孤独」という確かに存在する感情を、綺麗ごとを言わずに直視していることがわかります。感情を否定しない。ここが、彼らのすごさですよね。

    対して日本は、同じ質問をすると「安いから・新たな出会いを楽しめるから」等の答えがほとんど。ダイレクトに「孤独だから」とはなかなか言いません

    このように、日本人が不動産や不動産テックのサービスを考える時は、人のウェットな部分を無視する傾向があるのかな、と個人的には感じています。

    しかし、そのウェットな部分が実は消費行動の原点であることも多く、とても大切なポイントです。何が原点なのかにより、サービスの内容や流れも変わってきますから。これは日本人が苦手とする分野なのかもしれませんが、向き合っていくべきところかなと思います。

    Q.とても興味深いお話です。海外の不動産テック事情について、もう少しお聞かせ願えますか

    最近は、「ヘルシービルディング」という、勤めている人が元気になるようなテクノロジーを利用したビルも新たに出てきました。スマートビルディングがさらに進化したイメージですね

    たとえば、部屋の中には芝生を敷いた大型ルームランナーがあり、散歩しながらミーティングができるそうです。流行るかどうかは別として、今までにないサービスだと思います。

    また、監視カメラで拳銃に特化したモニタリングを行い、センサーが拳銃を発見した瞬間に自動で通報するサービスなんかも登場しています。このような、センサー等で取得したデータを解析する技術も、最近とても発達してきた気がします。

    データを解析すると、通常気づかないような関係性が見つかるのですよ。

    先程お話したIoTの活用法にも繋がってきますが、たとえばオフィスのセンサーを使い、勤務中の人の目線・呼吸・脈拍等のデータを取ることで「どの条件下であれば業務効率が上がるか?」を解析できる可能性もあります。関係性がわかれば、あとは同じ環境を作り出せば良いだけの話です。

    海外では、個別のデータを取って集約・解析し、環境をどのように構築するか、というところまで踏み込んでいます。日本でも空きがちな会議室を埋めるにはどうしたら良いか等にデータの解析技術が使われてはいますが、個別ではなく部屋単位です。海外のように個別の動きを細かくセンサーで追うところまでいけると、いろいろとわかりやすくなるのですけれど。

    ちなみに、データの解析技術面で特に強いと言われているのが、軍事国家でもあるイスラエルです。ただ、基本的にイスラエルは国内にマーケットがないため、最近は日本や中国等のマーケットに進出してきています。「データをどう処理するのか」という部分に長けた国と一緒に不動産テックを進めていくと、さらに面白いことになるかもしれませんね。

    Q.そのほかに、赤木さんが注目されている不動産テックはありますか?

    ブロックチェーンを使った不動産のトークン化です。これは、先ほどお話したクラウドファンディングと結びつくとすごく良い武器になると思います。“不動産のトークン化”を簡単に説明すると、不動産の所有権を独自仮想通貨に変えられるような仕組みです。

    そのほかに、赤木さんが注目されている不動産テックはありますか?

    不動産のトークン化が実現すると、不動産の小口販売が容易になり、小口に分かれた不動産を誰でも気軽に売買できるようになります。すると、国内外を問わず多くの人が不動産市場に参入できるため、不動産の流通量が増えて経済の活性化に繋がっていくわけです。

    ただ、懸念点が全くないわけではありません。日本の場合はさまざまな法制度の問題があるため、不動産のトークン化においてはまだ具体的な動きが乏しい状況です。

    一方で海外の場合、特に東南アジアは、トークン化実現に向けて着々と進んでいます。日本とは異なり、法律がそこまで厳しく整備されていないので柔軟に動けるからです。

    そこでたとえば、日本より一足早くトークン化を実現した国の企業が、日本の不動産を購入したとします。これは、ただ外国企業が日本の不動産を購入しただけの話です。

    しかし、購入された日本の不動産が外国でトークン化されると、いつの間にか世界中の人に保有されている、という事態が起こり得ます。そうなった場合、一体何が起こるのかが正直まだ良くわかっていない状態なのです。

    日本の、特に東京や大阪などの大都市の不動産は、安定的な割に世界規模で見ると値段もそこまで高くないので、外国人にとって魅力があります。そういった不動産を、外国人が何の制限もなく購入できてしまうのが、果たして良いことなのか悪いことなのか。

    気づいたら日本の不動産が外国企業にどんどん買い占められていて“実体としては誰がもっているかわからない”となる可能性もあるので…そこを、日本としてどう対策をしていくべきなのか。難しい問題です。

    とはいえ、やはり不動産のトークン化はとても興味深く、従来の不動産業界における問題解決に繋がる可能性のあるテクノロジーです。今後、世界の動きも含めて注視していくべき分野だと思います。

    Q.もし赤木さんの会社がこれから不動産テックを導入するとしたら、どんなモノを導入されたいですか?

    不動産テックとは少しズレてしまうかもしれませんが、弊社で今まさに取り入れてみたいと考えているのが、不動産エージェントのタレント化です。

    アメリカでは不動産売買の仲介をする“エージェント”のタレント化が進んでおり、いわゆる勝ち組のエージェントは、SNS等のメディアやシステム、テクノロジーを利用して自分をどんどん売り出しています

    ニューヨークのとあるトップエージェントは、SNSのフォロワー数が芸能人をはるかに上回っています。いろいろな不動産を紹介するYouTubeを上げたり、遊び心のあるVログ(ビデオブログ)を作ってNYの街を紹介したりと、多彩な方法で自分をアピールしています。これは、ただ自分が目立ちたいからではありません。

    自分を魅力的に演出することで、自分が紹介する物件の価値を高めているのです。「この人がこれだけ勧めるなら、本当に良い物件なのだろう」と思わせている。要は、不動産のプロデューサーですよね。

    また、アメリカでは、物件写真をネットに掲載する際、プロの撮影部隊を使った上で綺麗に加工して載せます。

    一方で日本は、物件写真の出来栄えにこだわらない会社も多いですよね。加工が良いか悪いかは置いておいて、「物件を魅力的に見せて一円でも高く売る」という不動産ビジネスに対する姿勢は、とても面白いなと感じます。

    このような、新しい不動産ビジネスのヒントになるものが海外には数多くあるので、参考にしていきたいと考えています。

    Q.今後、海外の不動産テックは日本に入ってくるのでしょうか?また、逆に日本の不動産テックは海外に進出できると思われますか?

    個人的に、海外の業務支援システム等に関しては、日本には入りづらいと思います。日本語という壁があるからです。

    海外で作ったシステムを日本語化したところで、日本の小さなマーケット内だけでは利益が限られています。わざわざ日本をターゲットにするよりも、一般的に英語が使われている国に進出するほうが早い。

    また、日本の不動産テック企業も、日本語のみで事業を進めている限りは、いわゆるユニコーン企業のようなスケール化は難しいのかもしれません。海外から攻め込まれないという意味では、日本の不動産テックは日本独自の不動産テックが育ちつつあるのかもしれませんね。

    日本の不動産システムは、国民性なのかサービスがとてもきめ細かい。驚くほど、細部にまで注意が行き届いています。ですから、システムの中身に関しては、日本は決して世界に遅れをとっているわけではありません。

    英語版を提供する不動産テック企業が増えてくれば、世界に通じるサービスを展開できるはずです。

    不動産業界のDX化について

    Q.最後に、不動産業界におけるDX化について考えをお聞かせください

    最後に、不動産業界におけるDX化について考えをお聞かせください

    本日お話したとおり、テクノロジーの利用によって、効率化すること・便利になることは沢山あります。しかしその一方で、何でもかんでもDX(デジタルトランスフォーメーション)化するのが正しいとは限りません。

    一度しっかりと立ち返り、DX化が必要な部分とそうでない部分を見極める必要もあると考えています。

    ある時、弊社の社員に言われた言葉がとても心に残っていまして。「不動産業界ってお礼をいわないですよね。家賃を年間100万円以上払っていることを考えると、大口顧客のはずなのに」と言われました。「消費者にお礼をいう」ことは、高度なテクノロジーに頼らなくてもできることです。

    また、DX化の方向性も重要です。たとえば賃貸の領域で言うと、近年は物件情報サイトが増えました。ただ、物件写真等も含めて情報量は増えているのですが、消費者が本来見ておくべき部分はサイトでは見ることができません。

    本当に消費者が見なければならない箇所は、以下の3つ。

    • 物件のゴミ捨て場
    • 廊下
    • 駐輪場

    これらを見れば、管理の質や住人のタイプ・年代等を推測できるからです。しかし、これらの写真は物件情報サイトにはまず載りませんよね。消費者が見るべき部分=不動産業者が見せたくない部分であるケースも多いため、難しい問題ではありますが…。

    今後は「物件の掲載写真数を競うよりも、本当に見せるべきところを見せる」という方向に向かうべきだと感じています

    Q DX化により、すべてが解決するわけではないのですね

    はい、日本の空き家問題にも同じことが言えます。以前「空き家問題をテクノロジーで解決できないか?」と相談されたのですが、これは非常に難しい話です。空き家になってしまった時点で、“用途が何もない可能性が高い”ということですから。個人的には、手仕舞いの仕方を考える方が健全だと感じます。

    ただ、空き家防止の観点から言えば、テクノロジーができることはあるはずです。たとえば、物件の所有者が認知症で高齢者施設等に入所しており、権利が動かせなくなっているケース。これは制度を変える必要もありますが、このような状態になる前に察知できるようにする等、テクノロジーの介入により解決に向かう可能性もあります。

    一括りに空き家と言っても「権利的に動かせないのか?」「そもそも使う用途すらないのか?」で対応は大きく異なります。すべてをテクノロジーに任せるのではなく、その前に整理すべき部分があるのです。

    不動産テックは、不動産業界の課題解決や事業の変革に大きく貢献できます。しかし、万能な魔法の杖ではありません。結局のところ不動産業で最も大切なのは、消費者の要望を真正面から受け止めることです。これらを踏まえた上で、アナログとテクノロジーの最適なバランスを考えながらDX化を進めていくことが重要なのだと思います。

    まとめ

    幅広いジャンルのサービスが展開されている不動産テック。効果的に活用するには、まず自社の状況や目指したい方向性を踏まえた上で、取り入れるべきサービスを見極めることが重要になるようです。

    過剰な期待や拒否感をもつことなく、自社のビジネスをさらに発展させる手段の一つとして、柔軟に取り入れてみてはいかがでしょうか。

    本記事取材のインタビュイー様

    赤木正幸氏
    リマールエステート株式会社代表取締役社長 CEO
    一般社団法人不動産テック協会 創設代表理事

    日本初の不動産テック業界マップを発表し、不動産テックに関するビジネスセミナーや研究会などを多数開催。不動産企業やIT企業に対してコンサルティングも実施。

    2016年、自社でも不動産売買プラットフォーム「キマール」を開発し、「不動産テック案内所」を運営するなど、日本の不動産テックの第一線で活躍中。

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