<35コツ目> 【最終回】賃貸住宅管理業の未来に備えて

これまで本コラムでは、賃貸管理業に携わる方に向けて、34回にわたり、法律・クレーム・空室対策・設備の知識・資格、収支といった賃貸住宅管理業の実務上における”コツ”について、お届けしてきました。
今回は最終回となります。
最後のテーマとして取り上げるのは、「賃貸住宅管理業の未来に備えて」今後拡大していくと思われる課題について取り扱いたいと思います。
現代はVUCA(ブーカ)の時代と呼ばれています。
これは、以下4つの言葉の頭文字を取った造語です。
V(Volatility:変動性)
U(Uncertainty:不確実性)
C(Complexity:複雑性)
A(Ambiguity:曖昧性)
このような先行き不透明な時代において、将来を正確に予測することは非常に困難です。
したがって、今回ご紹介する「未来の課題」も、あくまで現時点で想定される内容であることを、あらかじめご容赦ください。
空室の増加
賃貸住宅管理業の未来に想定されることとして、まずは何といっても空室の増加が最大の課題ではないでしょうか。
総務省統計局が昨年(2024年)9月に発表した調査では、日本全体の空き家数が900万戸(13.8%)を超え、年々増加傾向にあります。
主要な原因はもちろん「人口減少」です。
私自身の感覚でも、都心から離れて、地方や郊外に行けば行くほど、毎年空室が増加していることを感じます。この5年間で住宅が263万戸増加しているのに、人口は240万人減少しているので、当然といえば当然です。統計局の数値には賃貸住宅以外も含んでいますが、仮に賃貸住宅だけを集計してもこの傾向としてはあまり変わらないと思います。
商売の原点に返って考えると、貸す側(貸主)が強かった需要過多から、借りる(借主)が強い供給過多が当たり前の時代がやってくるということです。
需要過多の時代には同じタイプのアパートをなるべく早く・安く建てることに重きを置かれてきたと思いますが、供給過多の時代ではそうはいきません。
今後の新築は早く安く建てるという方向から、限られたニーズ(入居者)をしっかりと拾っていくという方向に変わっていくと思います。
そうなると困るのは需要過多の時代に多く建てられた同じタイプの築年の経過した賃貸住宅です。
これらの賃貸住宅について、住宅の間取りや外観を変えながら今後の時代に合わせていくという方法は、多額の費用がかかり、あまり現実的ではありません。そうすると需要過多の時代に建てられた同じタイプの賃貸住宅が大量に空いてしまうということになりかねません。
賃貸管理会社に、何か出来る対策はあるのでしょうか。
たとえば、賃貸管理会社の品質で差別化するという方法で、空室の増加に備えるという対策はいかがでしょうか?
需要過多の時代は、とにかく入居できる部屋が足りなかった時代です。
周りと同じ部屋であっても、また賃貸管理会社の対応が少しくらい悪くても入居者はそれが当たり前だと思って入居されていたのだと思います。
しかし、供給過多の時代はこれが逆転するのではないでしょうか?入居者は部屋も賃貸管理会社も選び放題になるわけですから、部屋を選ぶだけでなく、賃貸管理会社も選び放題になるというわけです。
賃貸管理会社が選び放題になった場合、当然品質を向上しなければ賃貸管理会社は生き残れません。では、賃貸管理会社は品質向上を目指せば良いかと言えば、これだけでは足りません。賃貸管理会社は品質向上を実現した上で、これを外部に訴えかけるブランディングが必要になります。
ブランディングには、価値の向上と他社との差別化という2つの要素があるように思います。なかでも賃貸管理会社にとっては、他社との差別化において、どのように独自性を出すのかが重要になってくると考えています。
大手の賃貸管理会社の一部はこれをすでに進めているようですが、中小の賃貸管理会社にとってブランディングは簡単なことではありません。
中小の賃貸管理会社がブランディング、特に他社との差別化を出来る近道があるとすればそれは何でしょうか。
私は、「エリア特化型」か「専門化」だと考えています。
エリア特化型とは、管理物件のエリアを可能な限り絞込み、そのエリアの管理物件はその賃貸管理会社しか思い浮かばないというブランディングです。一方の専門化とは、基本的には可能な限り専門性を高め、ある専門分野の管理物件と言えばその賃貸管理会社しか思い浮かばないというブランディングです。ただし、この専門化を進める賃貸管理会社が都心部に存在する場合、一般的な専門分野では弱いかもしれません。
たとえば、古い安価な木造アパート専門とか、大型犬に強いペット飼育可物件専門、駐車場付きファミリータイプに強い賃貸管理会社というような、さらに狭い専門化が必要になると思います。都心部で専門化を進める賃貸管理会社なら、このくらい個性の強い差別化をしなければなかなかブランディングは難しいのではないかと考えています。一方で、空室の増加は地方圏の方が先に広がるという側面もあります。この課題に対しては、対応に限界があるとは思いますが、私は二拠点居住や他拠点居住が現実的な対策になると思います。
二拠点居住は今後ニーズが増加すると思いますが、現在はさまざまな課題をかかえています。ただし、将来、交通網の自動化が進んで移動コストが下がってくる時代になれば、課題も目立たなくなり、二拠点居住も普及してくるものと考えています。
建物の老朽化
建物の老朽化も深刻な問題になってくると思います。
国土交通省の調査では築40年以上のマンションは全国で125万戸(2922年)に上ります。10年前(2012年)の29万戸から4倍以上に増えています。
これが20年後(2042年)には445万戸になります。一方で、木造アパートにはこういったデータはないようですが、おそらく同様の傾向となっていると考えられます。
賃貸住宅は、建物の躯体が問題のない状態であっても、設備は築年数の経過により故障が増加し、修繕が必要になってきます。とくに上下水道管については、本来では計画修繕で更新を進めるべきですが、改修にかなりの費用が掛かることもあり、ほとんど進んでいません。
賃貸管理会社は今からこの対策に力を入れておく必要があると思います。上下水道管からの水漏れトラブルは費用が掛かるだけでなく、入居者にも多大な迷惑が掛かります。これが管理物件に多発する事態になると、社員もその対応に疲弊することになりかねません。
高齢入居者の増加
日本の人口問題は人口の減少問題だけではなく、その中に高齢化問題もはらんでいます。
賃貸管理業にも高齢化問題があります。社員の高齢化ということではなく、入居者の高齢化という問題です。とくに業歴の長い賃貸管理会社にとっては、入居中の高齢化問題は年々深刻な問題になっていくでしょう。つまり、入居したときは高齢者でなくても、長く住んでいただいている間に入居者が高齢になるという問題です。
入居者の高齢化対策は、ハードとしてはバリアフリーと見守り機器の設置が基本的な対策ではないかと思います。ただ、私の経験上、これ以上に重要な対策はソフトとしてのコミュニケーション対策だと思います。コミュニケーション対策の目的は、高齢入居者の緊急時に連絡を取れるルートをつくるだけでなく、日頃から信頼関係を構築して定期的に連絡を取ることで、高齢入居者の異常を早期発見することにあります。
外国人入居者の増加
コロナ禍前の2018年に273万人であった在留外国人数は、コロナ禍によりいったん減少しましたが、その後、再び増加し昨年(2024年)6月には358万人と、2018年より3割以上増加しています。介護人材をはじめ、不足している人材を外国人によって補うという国の政策もあり、今後も増加していくものと思われます。
外国人入居者の課題は言葉の壁というよりも、文化や考え方の違いの方が高い壁となっています。賃貸管理会社は、外国人入居者に対して、どのように文化や考え方のちがいをアジャストしていくのかということを解決していく必要があります。また、外国人入居者と同じ賃貸住宅に住む日本人入居者の理解を得ることも、目立たない問題ではありますが、重要なポイントだと思います。
治安悪化
日本の犯罪認知件数は2002年の285万件をピークに年々減少してきましたが、コロナ禍の2021年の約57万件以降、再び増加しています(2024年73万件)。賃貸住宅の防犯対策としては、管理物件にオートロックを設置することもある程度の効果があるかもしれませんが、私は監視カメラの設置の方により効果があると思っています。
ただ、監視カメラは費用の課題もあって、特に小規模の賃貸住宅にはまだまだ普及していません。しかしながら、最近では低価格で高性能なタイプもではじめており、今後、普及していくのではないかと思います。
監視カメラは従来ループ録画(上書き録画)タイプのものが主流でしたが、今後は通信回線を内蔵したカメラ、とくに双方向対応の監視カメラの普及が進んでいくものと思われます。そうすると通信回線によってリアルタイム監視が可能になります。これをコールセンターが新たな業務として請け負うことによって、夜間も含め防犯性は向上するのではないかと思います。監視カメラが感知したものを生成AIが危険度を解析し、コールセンターに知らせるということが可能になるからです。
オーナーの多様化
現在もそうですが、日本の賃貸住宅の所有者は地主が相続対策等を動機として建てているケースが多いと思います。
ただ、この傾向は近年少しずつ変わってきているように感じます。
一つはサラリーマン大家さんの増加です。以前は将来の年金不安を少しでも和らげたいサラリーマンが所有するケースが多かったように思います。ところが最近では、サラリーマン大家さんから物件を増やして、大家専業になっている人も多く見かけるようになりました。大家専業なので、自ずから賃貸管理会社を見る目も厳しくなります。また、大家専業の大家さん以外にも、海外資本も日本の賃貸住宅の新たな不動産オーナーとして増加しています。海外の投資不動産の利回りと比較して、日本の投資不動産の利回りが高いことに加え、近年の円安傾向が大きな原因です。こういった「プロ」オーナーに対して、賃貸管理会社が必要な最低限の対策はレポーティング(報告書)技術です。プロ向けのレポーティング経験の無い賃貸管理会社は今から備えておくことをおすすめします。
賃貸管理業の淘汰
最後の賃貸管理会社が備えるべき課題は賃貸管理業者の淘汰です。
賃貸管理業は、基本的にスケールメリットを享受する業態です。賃貸管理業は、管理戸数を増やすことで1戸当たりの管理コストが下がってくるという業態であることから、業界の成熟化に伴い、当然淘汰が進んでいくでしょう。これに対する賃貸管理会社の対策はなんでしょうか?
基本的には「空室の増加」でもご紹介した賃貸管理会社のブランディングだと思います。ブランディング、あるいは差別化によって、スケールメリットが享受できない規模の会社でも生き残れるのではないでしょうか。
ブランディング以外の中小の賃貸管理会社生き残り対策として、管理の一部業務の切り取りによって生き残る方法が考えられます。元々賃貸管理会社は、建物管理業務や修繕・リフォーム工事の外注等により、一部業務を切り取って外注することに慣れています。
これ以外にも例を挙げると
①家賃保証会社:家賃の集金の切り取り
②コールセンター:電話等の受付業務の切り取り
③現場対応業務を切り取って委託
④クレーム対応を切り取って委託
⑤郵送業務やPCへの入力業務を切り取って委託
⑥駐車場管理業務を切り取って委託
と、さまざまなジャンルに渡ります。つまり、こういった一部業務を切り取って委託(いわゆるBPO)するという業態に中小の賃貸管理会社が参入するという方法で生き残るということです。これらは、もはや賃貸管理業と呼べないかもしれませんが、淘汰への対策としては選択肢の一つではないでしょうか?
たとえばすでに一部事例があるものもありますが、
①共用部分の活用(付加価値を付けたり、付帯収入を得る)業務
②プロオーナーへのレポーティング業務
③高齢者とのコミュニケーション業務
④サブリース会社の空室リスクの一部保有
⑤解約精算業務
⑥契約更新業務
⑦SNSを活用したリーシング業務
というような業態に変化していき、賃貸管理会社からこれらの業務を請け負うという方法です。
まとめ
私が賃貸住宅の管理に携わり始めた約40年前は、都内の物件でも個人の大家さんが直接管理している物件が多くある時代でした。
何人かの入居者は毎月家賃を会社まで持参してきました。また、給湯器が屋内にある管理物件も多く、エアコンも設備としては、まだあまり普及していませんでした。
40年経った現在では、個人の大家さんが直接管理している物件は少なくなり、家賃は家賃保証会社が集金をする時代になりました。屋内型給湯器はほとんどなくなり、設備としてエアコンの無い物件は成約に苦労します。賃貸住宅管理のための法律も施行され、賃貸管理の社会的意義も重要性を増しています。
時代の流れとともに、賃貸管理業はこれからも変化し続けるでしょう。重要なのは、それぞれの賃貸管理会社が常に新しく正しい情報を仕入れ、会社が変化し続けられるかということです。情報を仕入れるのであれば、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会(通称:日管協)をおすすめします。日管協の会員が管理している有料管理物件を合計すると日本の3分の2(約850万戸、令和6年4月現在)におよび、主要な賃貸住宅管理会社のほとんどが加入しており、日々さまざまな活動を行っているからです。
また、生成AIの普及により、基本的な業務はその大部分が自動化されていくでしょう。今後、新入社員が熟練社員になる過程で、基本業務の経験値不足が課題になるかもしれません。現在、私はこういった課題を見据え、賃貸管理業務をダウンサイズした研修を準備しています。賃貸管理会社は、新しい情報を仕入れつづけ、変化に応じて方向を見定め、これを社員に伝え、教育し、実施し、現場からまた新しい情報を仕入れるというPDCAを回し続けなければなりません。
賃貸住宅の管理業は、入居者に出来るだけ快適に、そして、できれば長く住んでいただき、オーナーには賃貸住宅の収益の最大化を目指すというかたちで社会貢献することが使命です。微力ながら私もこの使命を果たすため、今後も努力していきたいと思います。