【リーダーインタビュー】塩見紀昭様|賃貸管理業界を取り巻く現状と今後の可能性とは
「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」が制定され、賃貸管理業界は着々と法制化が進んでいます。今回インタビューをさせていただいたのは、「公益社団法人 日本賃貸住宅管理協会」の会長である塩見紀昭様。弊社代表の鈴木がインタビュアーとなり、協会の取り組みや賃貸管理業界の課題、可能性などについてお話を伺いました。
不動産売買から、賃貸管理の道へ。
Q. まずは自己紹介をお願いします。
私は「株式会社明和住販流通センター」の代表取締役であるとともに、「日本賃貸住宅管理協会」(以下、日管協)の会長も務めています。
起業したのは27歳のとき。それまでは不動産売買会社のサラリーマンをしていました。確固たる想いがあったわけではなく、当時はただ「面白そうだからやってみるか」という感覚です。
月日は流れ、「全国賃貸管理ビジネス協会」(以下、全管協)の初代会長であり私の師でもある、故・三好勉会長と出会い私は変わりました。そこで三好会長から、「この業界の未来は明るいよ」と賃貸管理業界の可能性や魅力をたくさん教えていただきました。
Q. 三好会長との出会いについて、お聞かせいただけますか?
三好会長と出会ったのは、北九州で開催された不動産賃貸管理業のシンポジウムに参加したときです。その基調講演で会長がおっしゃっていた「賃貸管理業を制する者は不動産業界を制する」という言葉は、今でも深く心に刻まれています。
直接お話ができたのは、シンポジウム翌日。ホテルの朝食会場で、会長と偶然二人きりになったのです。何かの縁を感じた私は、緊張しながら挨拶して同席させていただきました。当時まだ若かった私は青臭いことを山ほど言ったと思いますが、会長はすべて受け止めてくれました。さらに、思い切って仲間内の勉強会に会長を招待したところ、快諾いただけたのです。このようなお人柄もあり、すっかり会長のファンになっていました。
こうして三好会長と知り合った私は三好会長の口添えにより、全管協に入会することになり、しばらくして会長から全管協・日管協の理事にご推薦いただきました。そして当時は最年少の理事として約30年、日管協の活動に従事し現在に至ります。
Q. その出会いが、人生のターニングポイントになったのですね。
そうですね。ちなみに、三好会長は「ノウハウを独り占めにしてはいけない、情報をオープンにするから新たな情報が入ってくるのだ」とよくおっしゃっていました。この考え方が日管協の礎を築いたと考えています。その結果、日管協の勉強会やフォーラムは非常にオープンで、活発に情報共有がされているのです。
三好会長は、この業界の未来を見据えて奮闘されていましたが、志半ばでご病気により病魔に襲われてしまいました。私は会長から直接「この業界をこれからさらに盛り上げていくぞ」という決意を伺っていたので、微力ではありますが、その想いを胸に素晴らしい諸先輩、仲間とともに歩んできました。
日管協の会長としての取り組み、「広報」や「教育」にも力を。
Q. 日管協の会長に就任されて半年が経ちましたが、今後どんなことに取り組まれる予定ですか?
協会内の整備や従業者の資質向上など多々ありますが、まず日管協の知名度を高め、対外的な“格”を上げなければならないと考えています。特にオーナー様や入居者様からは、まだまだ認知されていないのが現状です。
知名度を高めるためには、まず我々が良い仕事をすることが大事。たとえば、日管協はこれまで管理業界の法制化に尽力してきました。このように、業界の発展へ貢献する仕事を続けていく。そのうえで、我々の取り組みを発信していこうと思っています。
オーナー様・入居者様向けにシンポジウムなどを開催するのも一つの方法ですね。「日管協の会員が管理しているなら安心だ」と思ってもらえるような環境・仕組み作りに、注力していく予定です。
また、オーナー様や入居者様に寄り添える協会の実現も目指しています。日管協は四つ葉のクローバーをロゴマークとして掲げており、四枚の葉は「入居者様」「オーナー様」「会員(管理業者・関連業者)」「社会(地域・環境)」を意味しています。
引用元:日本賃貸住宅管理協会
このすべてに対して有益な活動をおこなうのが、我々の使命です。しかし、現在は会員の75%が不動産業者であり、業者側に偏ってしまっています。このバランスを改善しなければなりません。これは歴代の会長の想いでもありますから、きちんと果たしたいですね。
Q. “管理会社に管理されている”感覚すらない入居者様も多いので、入居者様へのアプローチは難しそうですね。
おっしゃるとおりです。日管協だけの話ではなく、そもそも入居者様と管理会社は距離感が遠いように感じます。
実は、以前「SUUMO」が入居者様向けに“管理会社に対するアンケート”を実施したところ、不満点として最も多く挙がったのが「何をどこまでお願いしていいか分からない」という回答でした。たとえば「困ったら夜中でも電話していいのか?」などです。
要するに、管理会社が提供しているサービスや対応時間などについて、入居者様との共通認識が持てていないのです。この管理会社と入居者様の距離感を埋めるツールとして、不動産テックが活きてくるのではないでしょうか。
GMO ReTechの入居者アプリも、まさにそう。入居者様が必要としている情報をすべてアプリに入れてしまえば、入居者様も管理会社も非常に楽になるはずです。日管協が発刊している「住まいのしおり」を丸ごとアプリにするのも良いですよね。
Q. 管理業界における「教育」についての取り組みはいかがでしょうか。
かなりハードルは高いですが、賃貸住宅管理業界に特化した、職業訓練トレーニングセンターを作れたらと考えております。業界の人材育成も、日管協の大きな目的であり課題ですから。
特に小規模な会社は教育に力を入れられないケースも多いため、自由に参加できるトレーニングセンターの創設は、管理業界の発展に大きく寄与できるはずです。オンラインか実地かは今のところ未定ですが、積極的に準備を進めています。
Q. 「地域間のネットワークの活性化」も、抱負として掲げられていたかと思います。
以前は、日管協の会員から度々「セミナーも講演もすべて東京中心で、情報が偏っているのではないか」という声が挙がっていました。しかし、コロナをきっかけにZoom等のITツールが普及し、発信地は東京でも好きな場所で参加できるようになりました。
要は、場所や移動の制約がなくなり情報格差が減ったと。この機会を活かして、地域間のネットワーク、つまり繋がりを活性化させたいと考えています。これは、結果として会員間の業務の質の向上にも繋がるはずです。
なおITツールの普及は、もちろん管理の現場にも大きな恩恵をもたらしています。このような変化は、不動産テック企業からすると大チャンスですよね。
敵とライバル(好敵手)は違うが、進む方向は同じ。
Q. テックサービスをより普及させるために、テック企業には何が求められると思われますか?
まず、テック企業には不動産業界に対する知見をより深めてもらいたいです。不動産業界をよく知らないテック企業のサービスは、やはり不動産業者から見ると「これは使えないな」となってしまう。どんなサービスが求められていて、逆にどんなサービスが不要なのか。この辺の共通認識を持っていただくことが必要ですね。
そして、どの会社でも使えるスタンダードなシステムの開発により注力していただきたいなと思います。そこからはみ出る業務は、各不動産会社が個別で対応すればよいのではないでしょうか。一つのシステムで、すべての業務を網羅する必要はないのです。業務にシステムを合わせようとすると、システム開発はなかなか進まない気がします。会社によって、業務のやり方は大きく異なりますから。
なお、全国には素晴らしい不動産会社が多く存在します。ですから、東京だけではなく地方の会社の知識を吸収していくことも、質の高いサービス提供に繋がるのではないでしょうか。
Q. テック企業が不動産業界の知見を深めるのに、日管協の「IT・シェアリング推進事業者協議会」が一役買いそうですね。
おっしゃるとおりです。この協議会に入会しているテック企業は、管理業者向けのセミナーや業務研究会にも参加できます。
特に現場研究会は、非常に勉強になるはずです。現場で起きたトラブル・クレームを参加者同士が共有し合い、弁護士を入れて解決していく会なので、まさに現場の困り事が分かります。個社が抱えるトラブルのほか、協会の相談窓口に入居者様・オーナー様から寄せられた事例なども取り扱っていきます。
なお、協議会の中にはライバル企業がたくさんいるはずです。でも、それで良いのです。三好会長もよくおっしゃっていましたが、敵とライバル(好敵手)は違う。同志として同じ方向を向きながら、お互いに切磋琢磨していければ素敵ですよね。
管理業界の「矛盾」を解消する、不動産テックの可能性。
Q. 管理会社は、クレーマーや家賃滞納者など、問題がある入居者様のほうに時間や労力を取られてしまいがちだと伺っています。
サービスの比重が“問題のある入居者様”に偏ってしまうのは、管理業界の大きな課題です。家賃滞納もない優良な入居者様からいただく管理料を使って、問題がある入居者様のために動いている状態ですからね。本来は優良な入居者様へのサービスを手厚くするべきなので、大きく矛盾している。まずは、この矛盾を周知させることから始めようと考えています。
実は以前、これを是正するために優良な入居者様のみに特典を付与する取り組みを試みたことがあったのです。しかし、さまざまな団体から反発を受けて失敗に終わりました。公益性の高い業界なので、なかなか実施が難しいと感じました。一方を優遇すると、他方の不公平感が高まってしまう。
ただこれは10年前の話なので、IT化が進んだ今ならばもっと上手くやれるかもしれませんね。アプリなどを利用して、どの方面にも納得がいく仕組みが作れたら素晴らしいと思います。これも、不動産テックの可能性に繋がってくるのではないでしょうか。
Q. 課題でいうと、日管協は「自主管理」から「管理委託」へ変更していくための活動などもされているのですか?
それぞれのご事情があると思うので、特にそういった活動はしていません。多忙な方はプロである管理会社に委託されるケースが多いでしょうし、自主管理したい方はご自身の判断でされている。色々なオーナー様がいて良いのではないでしょうか。
日本全体の比率でみると、管理委託の割合が徐々に増えてきているのは事実です。ただ、管理会社は自主管理のオーナー様から学ぶことも多いと感じています。自主管理の場合、入居者様の顔を覚えてコミュニケーションを取っていたり、また花火大会などのイベントを企画したりと、さまざまな工夫をされているのです。このように、入居者様へ寄り添う姿勢には頭が下がります。
賃貸管理業界の法制化の流れが加速
Q. 「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」が2021年6月に施行されますが、この法律についてお聞かせください。
この法律のポイントは、簡単にお伝えすると
- サブリース業者や勧誘者による契約勧誘時・契約締結時に、一定の規制が導入された
- これまでは任意だった「賃貸住宅管理業の登録」が管理戸数200戸以上の会社に義務化され、業務における義務も定められた
という2点です。
これまでの賃貸管理業界は、極端に言うとルールが何もなかった。それが、今回やっと法制化されたわけです。
法制化が実現したのは近年業界が成熟してきたからという背景もありますが、大きなきっかけはサブリースの社会問題化ですね。サブリースを信じたオーナー様が、ローンを払えず次々と破産してしまったと。これにより、法制化の流れが加速したように思います。
法制化は我々の悲願であり、一つの大きなミッションでした。ここにたどり着くまで、約20年もの歳月がかかりました。法制化に付随して「賃貸不動産経営管理士」の国家資格化も実現しましたが、これも協会を挙げて長年取り組んできていたことなので、感慨深いですね。
個と個の繋がりが、不動産業界に新風を吹き込む。
Q. 日管協の会長としてではなく、塩見様個人が取り組まれたいことはありますか?
協会のように「企業と企業」ではなく、「人と人」が繋がる「コミュニティ=個に準じた集まり」を創りたいと考えています。
そもそも賃貸物件の入居者様には、若い世代が多い。だからこそ、業者側にも若い感性や発想が求められます。そんな若い感性や発想を素直に発信してもらえる場として、個に準じた集まりが役立つのではないかなと考えています。協会や法律などの枠にとらわれず、「どうすれば入居者様がもっと便利になるのか、ワクワクするのか」「不動産には何が求められているのか」などを自由に議論して欲しいのです。
参加者は、管理業界に限定する必要はありません。建築業界でも民泊業界でも学生でも、「不動産に関わる方」であれば誰でもウェルカムです。そして、若い人にアドバイスと刺激を与えられるよう、経験豊富なメンター(助言者)にも参加してもらいたいですね。若者のアイデアとメンターの知見が融合するような、自由活発な雰囲気を思い描いています。
日管協とは少し離れた場所から、若い芽を応援する。これは、結果として日管協のためにもなるはずだと信じています。まだ構想段階ではありますが、ぜひ実現させたいですね。
「仕方なく管理業界」ではなく、「夢をもって管理業界」へ。
Q. 賃貸管理業務にかかわる方々へ、一言お願いします。
管理業界を、若い方が「楽しそうだな」「勤めてみたい」と期待や希望を持って働ける業界にしていく。これが、私の最大のミッションです。
この業界は、世間からは「苦労が多そう」とあまり良いイメージを持たれていません。事実、業務内容は多岐にわたりますし、地道で大変な仕事も多い。しかし管理業務は、これからも長く人に必要とされ続ける仕事であり、人に感謝される仕事です。こうした業界の魅力や可能性をまずはきちんと知ってもらえるよう、広く発信していこうと考えています。
そして、冒頭でお話した三好会長の言葉「賃貸管理業を制する者は不動産業界を制する」をみなさん一人ひとりに体現してもらえるよう、管理業界の発展に力を尽くしたいですね。
まとめ
賃貸住宅志向の高まりや管理委託の増加などにより、近年さらに重要性を増している賃貸管理業界。
業界を支援する日管協の取り組み、そしてDX化の波によって、賃貸管理の可能性はますます広がっていきそうです。
本記事取材のインタビュイー様
東京都渋谷区出身。グループ創業30周年を迎えた、自身が代表を務める株式会社明和住販流通センターでは、米国で唯一の不動産管理の資格であるCPMを社員と共有しながら、首都圏の分譲マンションや目黒区・世田谷区の賃貸住宅の管理に携わっている。
2020年には「日本賃貸住宅管理協会 会長」に就任。「ITツールの活用による都市部と地方の情報格差解消、地域間ネットワークの活性化」をスローガンに掲げ、賃貸住宅市場の発展に貢献している。